上 下
16 / 17
第三章

薄っぺらい関係

しおりを挟む

「すみません、最後にここの花飾だけチェックさせていただいてもよろしいですか?」
「ええ、もちろんよ」
 大広間に到着したことに、別段疑問は無いようだ。一緒に二重扉を進む。
 大広間には、まだ作業をしている数名の業者と、壁に沿って歩きながらキョロキョロと何かを確認している様子のノアがいた。それ以外は誰も居ない。
 不自然にならないよう真っ先に自分の施した花飾へと向かう。おそらくノアも、リアナに気づいただろう。
「シルヴィアさん!」
 早速ノアが、リアナの後方を着いてきていたシルヴィアに声をかけた。
「ローレンさん、ご苦労さまです。わたくしに何か?」
 先程リアナに対していた様子と打って変わって表面的なシルヴィアの態度に、リアナは内心驚いた。人あたりの良さそうなノアだが、ヴェルディ家の身内からはそこそこ冷たい態度を取られているようだ。
「そろそろ夕食ですよね?…今晩もヴェルディ家は一緒に食事をとられるんでしょうか」
「ああ…一応そのつもりで我々は準備を進めておりますけど…どうなるでしょうね」
 そういえばヴェルディ家は毎晩家族で夕食をとる習わしだとノアが話していた。2人が話しているのは『こんなことがあった日でも』そうするのか、ということであろう。
「…わかりました。一応何があるか分からないので、20時くらいまでは待機しておきますね」
「ええ、よろしくお願いしますわ」
「御意に。……ところでシルヴィアさん、こちらのレディは?」
 わざとらしくそう言うノアに、リアナも仕方なく視線をそちらに向ける。
「ああ、こちら、花屋のオリアナさんですわ」
「どうも、オリアナと申します」
「なるほど花屋さんでしたか、どうりで可憐なはずだ」
 にこりと優雅な笑みで、ノアは握手を求めてくる。確かにここでは自然な流れなので断るのも不自然だ。
 読まないようにと心の準備をし、その手をとった。…と同時にリアナの右手は持ち上げられ、ノアの軽い口付けを許してしまう。
「ノア・ローレンです、お見知り置きを」
 ノアの意図はわかる。どうせ隣の部屋であることをシルヴィアは知っているし、それなら今初めて会いましたという体を今のうちに見せつけておきたいということだろう。それならば今後客間付近で2人で居るところを見られても、怪しまれる可能性はぐっと減る。
 ちらりとシルヴィアを見遣ると、その顔には辟易を張り付けていて、なるほど何故こんなにも心を開いていたか理由がわかった気がした。たぶん彼女も、イタリア男が得意ではないのだろう。
「そこまでです、ローレンさん。距離は程々に」
 冷たいシルヴィアの声に肩を竦めながら、ノアはその手を解放する。
「オリアナさん、準備していた貴女の部屋なのだけれど、実はこのローレンさんの隣なのよ」
「…そうなんですね」
「ええ。色々あって警備みたいなことをお願いしているの。でももし貴女が不安ということなら、急ぎ別の部屋を準備することも出来るわ、どうかしら」
 そう言うシルヴィアの瞳は心底心配げだ。
「ちょっとシルヴィアさん、流石に僕も分別つきますよ?」
「貴方には聞いていないのです、ローレンさん」
 ピシャリと言い放つシルヴィアに、リアナは心の中で吹き出した。本当にびっくりするくらい信用されていなくて、もはや笑うしかない。
「大丈夫です、シルヴィアさん。私の方が無理を言っているのに今から変更なんて。朝早いので私はすぐに眠りますし、部屋から出ないと思うので問題ないです」
「本当に?大丈夫かしら?何かあったらすぐ電話を鳴らしてちょうだい、部屋にあるから」
「え、僕そこまで信用されてないんですか?」
「ええ、男性としては、という意味ですけれどね」
 シルヴィアは過去にイタリア男と何かあったのだろうか、と思うほどの警戒である。あとでノアをからかってやろうとリアナはほくそ笑んだ。
 大丈夫だともう一度言おうとしたところで、大広間の扉がぐわんと勢い良く開いた。
「いた、シルヴィア!」
 声とともに入ってきたのは調律師のハーバートだった。
 ちらりとこちらを見て視線が合う。
 あ、ちょっと面倒かも。
 リアナは内心舌打ちした。
 ハーバートには、ノアとリアナが既知の関係であることなど知られてしまっているのだ。しかもそれを快く思っていない。
 何か言われたらどうしようと冷や汗をかいたが、しかしそれも杞憂に終わる。
「シルヴィア、流石に今日はみんなで晩餐という雰囲気ではないみたいだよ。ヴィル様とフラン様が喧嘩してる」
「まぁ、そうですか!ではお部屋に…」
「そうだね、各自部屋で、って感じかも。ちょっと指揮お願いできる?」
「もちろんでございます」
 話の展開からして、いつも通りの夕食を過ごそうとする長男ヴィルフレドと、弟が亡くなってそんな気分ではない長女フランチェスカが言い争っている、という感じだろうか。
 慌てた様子のシルヴィアが、申し訳なさそうにリアナを振り返る。
「ごめんなさい、お部屋の案内が出来そうにないわ。仕方ないんだけれど、ローレンさんに聞いていただいてもいいかしら」
「はい、大丈夫です。お忙しいのにご配慮ありがとうございます」
 そう返すと、シルヴィアは急いで大広間を出ていった。
 残ったのはハーバートとノアとリアナという、ちょっと、いや、大変よろしくない組み合わせだ。
「……また、聞き込みでも手伝っていたのかな、リアナ嬢」
 にこりと振り返ってそう言ったハーバートの声は、一切笑っていなかった。
「いえ、たまたまシルヴィアさんに花飾をチェックいただいていたところにいらっしゃっただけです」
 先程とは性格を変えて、淡々と言葉を発す。シルヴィアに見せていたような熱心さや口数の多さは出さない。
 おそらくハーバートは、自分より弱そうで御しやすそうな相手には心を開くタイプだ。ならばひたすらそれを演じるのみである。
「……部屋、って聞こえたけど」
「はい、明朝からの花飾メンテナンスもあるので、お部屋をいただきました」
「…へぇ…」
 あくまでも花屋の本分であることをアピールするが、ハーバートの表情は納得いっていない様子だ。分を弁えろと言われた手前、確かに泊まりがけというのは納得できない案件かもしれない。が、貫くしかない。
「おやハーバートさん、リアナ嬢をお気に召されたんです?」
 このピリついた雰囲気に油を差すように、ノアが言葉を発した。ハーバートは心底気に食わない様子でそれに応答する。
「ローレン氏こそ、一介の花屋に聞き込み手伝わせるなんて、プライドも何もあったもんじゃないね。一人で解決も出来ないのかい、あのローレンともあろう者が」
「はは、お恥ずかしい限りです。何せ人の出入りが激しいので聞き込みだけでも手一杯なんですよ、お察しください、警察でも来ればラクなんですけど」
「…まぁ、ヴィル様は何よりも祝典が最優先だからね」
 ローレンはうまいこと話を逸らしたようで、ハーバートは今日起こった事件について言及し始めた。
「ローレン氏、ずばりマソリーノ様をあんな目に遭わせたのは誰なんだい」
「……今はまだ何とも」
「早く解決してくれよ、そうでないとアラン様がピアニストを辞めかねない。僕の進退もかかっているからね」
「全力を尽くします」
 ハーバートは『パルトネル』の専属調律師なのでその心配は尤もなのだが、かなり自分本位でしかない考えが透けていて、リアナは不快感を覚えた。
 もしかするとこの家の中で、マソリーノの死を本当に悼んでいるのは双子の弟だけなのかもしれない。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

甘い配達

犬山田朗
ミステリー
配達員の正紀が車に戻るとダッシュボード下に人がうずくまっていた。 正紀は犯罪にまきこまれ冤罪になる。 信用されない絶望から助かるすべは?

国際私立探偵エリカ And 特別犯罪捜査官 黛

haruuki
ミステリー
特別犯罪捜査班(シリアルキラーなどを捕まえる捜査班。実質、エリカを入れて五人しかいない。)のリーダー黛 ライト。 彼は過去に妻子をシリアルキラー ブラックナイト(10年で黛の妻子含め100人殺害した正体不明の殺人鬼)に殺害された。今もブラックナイトを追いかけている。 そして、黛は鈴木、菅(かん)、泉という三人の部下を持つ。 そして、国際私立探偵(アメリカと日本で活躍してる探偵)倉木エリカ。 ある事件をきっかけに黛と相棒となり一緒にブラックナイトを追いかけ様々な事件を解決する。

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

なんか色々短編集。

丸太
ミステリー
ふと思いついたことをいい感じの話にしていくスタイル。

豁サ逕コ

霜月麗華
ミステリー
最初の作品です。暖かい目で見て下さい。 呪いに立ち向かう5人のストーリーです。 何故呪いがあるのか?呪いをどうしたら消せるのか?

『Son Of A Preacher Man / 牧師の息子』

二市アキラ(フタツシ アキラ)
ミステリー
地獄のクソ悪魔に拉致改造された牧師の息子・雨降野守門は、地上生還後、相棒の李静・リー ジンと共に、祓魔と悪魔祓いに命を懸ける。「急々に律令の如くに行え!」

虚構の檻 〜芳香と咆哮の宴~

石瀬妃嘉里
ミステリー
2017年5月 ゴールデンウィークの最中、女子大生の等々力朱華は、友人と共に知人の別荘“霧隠荘”を訪れていた。 そこでは中学時代に親しかったメンバーを集めた、少し早めの同窓会が行われるのだ。 久しぶりの仲間との再会に、朱華は笑う。 その先に、悲劇が待ち構えているとも知らずに。 人狼ゲームになぞらえて起こる惨劇。 根底に潜む、過去の罪と誓い。 疑心暗鬼の果てに、固く結ばれた筈の彼らの絆は、徐々に崩壊してゆく──。 あなたは、真の“裏切者”に気付く事が出来ますか? 以前、別のアプリにてアップロードしていたサウンドノベルを小説として改題・加筆修正して完結した作品となります。 流血・暴力表現を含みますので、苦手な方はご注意下さい。 2023.3.21 表紙変更 (かんたん表紙メーカーにて作成)

消された過去と消えた宝石

志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。 刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。   後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。 宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。 しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。 しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。 最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。  消えた宝石はどこに? 手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。 他サイトにも掲載しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACの作品を使用しています。

処理中です...