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幕間

要注意者リスト

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 広間で作業をしていると、先程探偵と一緒に居た女が入ってきた。入口にある花のオブジェに迷わず近付き、花を抜いたり差しなおしたりを繰り返す。
 そういえば事件の前から、彼女はあそこでずっと花をいじっていたような。当たり前のようにオルガンの裏に居たから、探偵の助手かなんかだと思っていたのだが。
 ハーバートは彼女になんとなく興味を持った。何者なのだろう。チューニングハンマーをピアノ椅子に置くと、腕まくりを直しながら彼女に近づいてみる。
 背は平均的、肩より下まで伸びた亜麻色の髪を、ざっくりとひとつでまとめている。歳は20前後か。すらりとした体型で、ジーパンに通した脚は程よく筋肉が付いている様が少し遠くからでも見て取れた。花屋にしてはしっかりした脚だなぁ。
 そんなことを思いながら近づくと、その影に気付いたのか彼女はハーバートを振り返った。右手に持っているのはたった今横の花の山から取り出したデイジーか。
「こんにちは、どこの花屋です?」
「……フィエゾレの」
 怪訝な顔をしたにも関わらず、少し間はあったが律儀に答えてくれる。
「あの高台の!ヴィル様が近隣の花屋に手あたり次第依頼したってのは本当だったんだ」
 屋敷中で花装飾に励む幾人もの花屋を見かけたが、彼女もその一人ということで間違いないようだ。
「それにしても立派なオブジェクトですね。赤い薔薇とデイジーが映えてる」
 花装飾を褒めると、怪訝そうな表情が少し和らいだ。ありがとうございます、と頭を下げる。名前は?と訊ねると、今度はすんなりと「リアナです」と答えてくれた。
「僕はハーバート。『パルトネル』の専属調律師なんだけど…。マソリーノ様がああなってしまっては、今後はどうなるか…」
「ご心中お察しします」
「ありがとう。マソリーノ様がなぜああなってしまったのか、原因はもちろん知りたいけど…ただ、ヴィル様の仰ることもとても良く解るから…」
「…それは…そうですね」
「はは、まあそうだろうね、花屋の大事な仕事だろうしね」
 ここまでの会話で幾分警戒を解いてくれた手ごたえだ。かなり無口な女性のようだが、そろそろ聞いてみても良い頃合いだろう。
「そういえばリアナさんは、ローレン探偵とどういう関係なんです?」
 彼女の反応を窺ってみたが何とも変化はないようだ、焦ったりうろたえたりも無い。
「なぜそんなことを?」
 逆に、冷静に質問で返されてしまう。
「いやいや、変な意味じゃなくて!さっきオルガン裏に居たみたいだから。人が死んだっていうのに、君みたいな可憐なお花屋さんがそんな所に居るなんて珍しいなと思って気になってたんだよ」
 またも反応を見るが、特に変化はない。
「ローレン氏はうちの店のお客様で…広間に居たら、聞き込みを手伝って欲しいと頼まれたので…」
 もっともらしい回答のようだった。本当にただそれだけなら、特に疑うこともないが…。
 正直言って、ハーバートはローレンを信用していなかった。まんまと探偵を雇ってしまうヴィルフレドも軽率だとは思ったが、祝典の開催に人一倍思い入れを持った彼ならばそうするだろうと、予測は安易に出来ていた。ただ、雇ったのがローレンただ一人とは。雇うなら雇うでもっと他の探偵がいたのではないかとは思う。まさかの「あの」ローレン。もちろんそんなことはヴィルフレドにも誰にも言えないが。
「そうだったんだ、大変だったね。……ただ、君の仕事は『お花屋さん』なんだ。分を弁えておくべきかな」
 そう言ってオブジェの中心にある赤いデイジーを引っこ抜く。そして勿体付けて彼女に手渡してやった。リアナは無表情のまま、差し出された一輪をハーバートの手ごと握って、しばらく何か思い悩むように俯いた。
 なんとなくだが、彼女もローレンに言われて仕方なく手伝わされたんだということが解った気がした。彼女も小さな花屋の貴重なお客とあって、探偵を無碍に出来ないのかも。
「もし何かあれば、すぐに僕に言ってね、いつでも聞くから」
 握られた手を逆の手で握りなおしてそう言い含んだ。リアナは俯いたまま小さく頷く。
「じゃあリアナさん、明日の祝典に素敵な花を添えてくれることを期待しているよ。危ないことはしないでね」
 一層念を入れ、彼女との接触は終わった。ピアノまで戻ってから入り口付近を見遣ると、リアナは再びオブジェに向かい丹念に調整をしているところだった。
 まあ、花屋の仕事は今日限りだろうし、隣街の小さな花屋ならば今後また依頼するということもそうそうないであろう。
 無口で可哀そうな彼女は『ハーバートの要注意者リスト』から除外して良さそうだ。


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