今宵は遣らずの雨

佐倉 蘭

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第三部「運命(さだめ)の愛」

第十六話

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   回廊からせわしない喧騒が押し寄せてきた。ふすまが勢いよく、ぱーん、と開く。

「……初音っ、大事には至らぬかっ」
   険しい面持ちの兵部少輔ひょうぶしょうゆうが、座敷に大股で入ってくる。

   初音に身を寄せていた寿姫の身が、ぎゅっと縮こまった。ぽんぽん、とその背を叩いて「お任せくだされ」と初音は寿姫に囁いた。

   兵部少輔の目が、驚きで見開かれた。初音にぴったりと寿姫が縋りついていたからだ。
   寿姫は、正室の芳栄の娘である。

「なにゆえ、此処ここにおるのだ」
   兵部少輔は寿姫を、冷たく尖った目で見た。

「まさか、とは思うたのだが。……毒を仕込んだのがおまえだというのは、本当まことであるな」

御前様ごせんさま

   初音の方は、ずい、と膝を進めた。皆がおる前ではそう呼んでいた。

「寿姫どのが毒を入れられたのは、わたくしの御湯呑みではござりませぬ。……ご自身が飲まれるはずの御湯呑みでござりまする」

「……初音」
   どうやら大事には至らぬようなので、兵部少輔は思わず安堵の声を漏らした。
「腹の子は、大丈夫のようだな」 

「あたりまえでござりまする。御前様のお子は、このくらいで流れるほど、ひ弱ではござりませぬ」
   初音はきっぱり告げた。

「だれの湯呑みに入れたかは存ぜぬ。我が屋敷で、御公儀に反するようなことが起きたのが大事おおごとなのだ」
   兵部少輔は腕を組んで、眉間にしわを寄せた。

「御前様、寿姫どのをどうなさるおつもりか」
   初音はそう云いながら、寿姫を引き寄せた。寿姫もさらにぎゅっとしがみつく。

——おれの知らぬ間に、いつからさような仲になったのだ。

   兵部少輔は思わず、ため息を吐いた。


「御前様、一大事にてござるっ」

   側用人そばようにんの一人が血相を変えて、座敷に飛び込んできた。
   無礼極まりなき行為であったが、それを意に返さないくらい慌てている様子だった。

「おっ…奥方様が……どっ…毒をあおられましてござるっ」

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