23 / 51
第二部「運命(さだめ)の子」
第十二話
しおりを挟む「奥方さまを差し置いて、わたくしなぞが行くわけには参りませぬ」
上下も弁えず、「側室」の立場の自分がのこのこと江戸へ参るのは、武家に生まれた女としての面目が立たなかった。
「……生まれた地で、死んだ前の亭主の菩提を娘と一緒に弔って行くゆえ、江戸へはついて行けぬと云われたのだ」
宮内少輔の妻女は、他郷ではあるが親戚筋の大名の血を引く一人娘だった。
幼い頃より許婚であった婿養子の夫との間に娘を一人もうけ、仲睦まじく暮らしていたが、その夫は流行り病で急死していた。
その後釜に入ったのが宮内少輔であったが、七年ほどを経ても情を通じ合えるような間柄にはなれなかったらしい。
「ただ、おれにとっては血は通わぬ娘ではあるが、いずれ兄の養女にして、少しでも善き家と縁組みさせてやりたいと思うておる」
宮内少輔は呟いた。それはまた、母親とともに郷里に留まれる方策でもあった。
その後、妻女の連れ子は、安芸広島藩五代藩主の浅野 安芸守 吉長の養女となって、能姫と呼ばれるようになる。
さらに数年後、豊前小倉藩の四代藩主である小笠原 伊予守 忠総の許へ正室として嫁いだ。
「小夜里、おれの『奥』をおまえに直して、継室として江戸に連れて参るからな」
宮内少輔が満足顔で微笑む。
「もう……おれから逃げられぬぞ」
いや、それでも、江戸に参るわけにはいかなかった。なぜなら……
——わたくしには、小太郎がいる。
「小夜里……」
宮内少輔が小夜里に手を伸ばす。
小夜里は思わず後ずさりしたが、間髪入れずに宮内少輔に抱き寄せられる。
「おまえ……もしかして、断る気じゃなかろうな」
小夜里は居たたまれなくなって、あわてて顔を逸らす。
「もう、逃げられぬと申したであろう。それでも、逃げおおせようとするのであらば……」
宮内少輔は小夜里の耳に口をつけて囁いた。
「……おまえの兄の佐伯 忠之進から『右筆』の役目を召しあげるぞ」
小夜里はびっくりして顔を戻した。「右筆」の御役目は、佐伯家の先祖代々からの「家業」である。
宮内少輔は、捉えた獲物は決して逃さぬ、飢えた獣のような怖ろしい目をしていた。
「おまえを手に入れるためなら……」
肝を冷やしてとまどう小夜里に、宮内少輔が覆い被さる。
「……おれは……なんだってやる」
そう云って、小夜里を畳に沈めた。
10
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
陸のくじら侍 -元禄の竜-
陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた……
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる