今宵は遣らずの雨

佐倉 蘭

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第二部「運命(さだめ)の子」

第八話

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「……おしくだされ」
   小夜里は民部の切れ長の目を見て云った。
   他国で待っているはずの妻子のことを思い出してほしかった。

「御酒も入っておらぬのに、飯盛めしもり女とお間違えか」
   「飯盛女」とは、宿屋で春を売る仲居のことである。

   民部はくっ、と笑った。
「『川向こう』だの『飯盛女』だの、おまえは学問だけじゃのうて、その方もよう知っておるな」

   そして、民部は封じ込めた腕を緩めることなく、早速、小夜里の帯紐おびひもを解き始めた。

「民部さま……一時いっときの気の迷いでござりまする。……お止しくだされ」
   小夜里は顔を背けて、民部の腕の中でもがいた。


「……一時の気の迷いだと」
   民部の声色が変わった。

「おまえは本当にそう思っておるのか」

   思わず、小夜里は背けた顔を戻した。
   民部は飢えた獣のような怖い目をしていた。

   すると、大きな手のひらで、民部は小夜里の頬を包んだ。
「……どれだけ、おまえに逢いたかったか……どれだけ、ここへ参ろうとしたことか……」
   民部の顔が苦しげに歪んだ。

「やっと来られた亭主が、待たせた女房を思う存分抱いて、どこが悪い」

   いつの間にか、小夜里の帯は解け、その下の襦袢じゅばんを留める腰紐も、中の腰巻きも外されていた。
   民部の方も、すそが割れ、すでに下帯がなかった。

「……小夜里、加減はできぬぞ。覚悟いたせ」

   民部は小夜里の着物のおくみを襦袢ごと跳ね除け、あらわれた乳房を大きな手のひらですっぽりと包み、荒々しくまさぐった。
   たちまち、乳房の突端が硬く勃ち上がる。

「……ぅう……んっ」
   思わず漏れ出た小夜里の口を、民部は吸って塞いだ。

   やがて、民部のくちびるはその荒々しい手の動きとともに、小夜里の身体からだ中をくまなく這っていく。

   小夜里は居たたまれなかった。

   子を一人産んだ身体には、若かったあの夜のような娘らしい線はない。できれば見られたくなかった。
   民部には、あの夜の、まだ初々しさを残した身体のままの小夜里で、覚えていてほしかった。

   それに引きかえ、民部の方は日頃の鍛錬を欠かさずにいるのであろう。引き締まった身体は変わらなかった。
   ただ、あの夜にはまだ残っていた青年らしい細身ほそみの骨格が消え失せ、がっちりとした厚みが出ていた。

   その民部は小夜里に溺れていた。

   あの夜の小夜里は、まだ少女の堅さが残る華奢な身体つきで、民部は壊れてしまわないように気を遣いながら抱いた。
   ところが、再び相見あいまみえた小夜里は、おも立ちはさほど変わらぬのに、その身はすっかり大人の女になっていた。

   相変わらず痩せてはいても、やわらかく熟れた乳房や、そこから伝って太腿まで伸びる丸みを帯びた線などが、あの頃にはなかった匂い立つような色気を感じさせる。

   さらに、口では「止せ」と云っているにもかかわらず、その濡れた瞳は民部をいざなうようななまめかしい輝きを放っている。

   民部は既に開かれていた小夜里の脚を、さらにもっと大きく左右に開いた。
   そして、張りつめて勃ち上がった自身を、自らの指と舌によってじゅうぶんに潤わせた小夜里のその場所へ、遠慮会釈なく一気に押し込んだ。

   小夜里は今こそ、居たたまれなかった。

   其処そここそ、もうあの頃のような「娘」ではなかったからだ。
   あの夜、民部を締めつけた「か細い道」ではないはずだ。

   民部も気づいたのであろう。動きが止まった。
「おまえ……」

   だが、なぜかとろけるようなやさしい目になって微笑んだ。
「……大儀であった」

   小夜里がその意味を問う間もなく、民部にまたあの獣の目の鋭さが戻ってきた。再び、動き始める。
「吸いつくような……うねりがすごいな……」
   民部の口から、思わず深くて重いため息が吐き出される。

   そして、にやりと艶冶えんやに微笑んだ。

「……小夜里、もう一度云う。覚悟いたせ」


   民部は逢えなかった歳月の分の「いらだち」をぶつけてきた。

   小夜里はそれに対して、逢えなかった歳月の分の「せつなさ」で返した。

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