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第二部「運命(さだめ)の子」
第七話
しおりを挟む小夜里は民部から云われるがままに夕餉を用意した。おみつが小夜里のために支度したものだった。
「……おまえは喰わぬのか」
部屋の隅に置かれた行燈の、火皿の芯に火を点していた小夜里に、民部が尋ねた。
「そなたがお帰りになりましたら、いただきまするゆえ、お気遣いなく」
「おれは帰らぬぞ」
民部が即座に云った。
「おまえはこの雨の中に、おれを放り出すつもりか」
外を見れば、日はすっかり暮れて、しかも雨脚が強まっていた。小夜里はあわてて、雨戸を閉めに行った。
——帰らぬ、とはどういうことであろう。
「こなたに来て、おまえもこれを喰え」
座敷に戻った小夜里に、民部が使っていた箸を差し出す。
「おなごが殿方と一緒にいただくなど、どうしてできましょうぞ。しかも、同じ箸で」
小夜里は驚いて云った。
おみつが小夜里のために用意したものを供したため、仕方なく小夜里の箱膳であるが、本来ならば自分の箱膳を人に使わせるのは以ての外である。
それに、武家や商家などでは、うちの中で男女が同じ部屋で食すことはないし、献立も男の方が品数が多く豪華だ。
そして、小太郎も既にそのように扱っている。
「おれは生まれてから物心がつくまで百姓家に里子に出されていたから、気にはせぬのだがな」
民部は平然と云った。
「だから、幼名は万吉だ。武家の子とは思えん名だろう」
そう云って、声を上げて笑った。
——あの夜逢ったお方は、このようなお人であったであろうか。
あの夜の民部はもっと、寡黙でとっつきにくい性分であると感じていたのだが……
再び相見えた民部は、ざっくばらんで屈託のない様子だった。
小夜里はいくら情を交わしたといえども、やはり一晩ではその人となりは判らぬものだ、としみじみ思った。
しかし、この屈託のなさにどこか馴染みがあるように感じて、ふと気づいた。
——我が子、小太郎の性分だった。
今、小太郎が藩道場に行ってくれていて、心の底からよかったと小夜里は思った。
民部に小太郎を見られるわけにはいかない。
あの一夜で小夜里が民部の子を孕み、密かに産んだ子が小太郎であることを知られてはならない。
なぜなら、民部には他国に、れっきとした妻がいるはずだからだ。きっと子も、もうけているに違いない。
だから、小太郎は民部の子ではない。
——小太郎は、わたくしだけの子だ。
雨脚は衰えることなく、降り続いている。やむなく小夜里は、座敷に民部のために床を取った。
まるで、宿屋の仲居のように「では、ごゆるりと」と云って、立ち上がろうとしたそのとき——
民部に腕を取られ、小夜里はあっという間に床の中へ引きずり込まれた。
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