60 / 67
【Extra Secret】あなたは知らない
Confidential 3 ③
しおりを挟む「いきなり通話してきておいて、非常識極まりないな。まずは、相手の都合を伺うものだろ?」
高木は冷ややかな声で咎めた。
『あら、もしかして今、忙しかった?』
だが、そんな彼にまったく頓着することなく、華子はしれっと言う。
「先輩」の高木を相手にしているにもかかわらずタメ口なのは、学生の頃からだ。
「手短かに済ませてくれ」
スマホを耳にあててキッチンに戻った高木は、ル・クル◯ゼのホーロー鍋で茹でていたパスタをほぐしながら、さらに温度が下がった絶対零度の口調で言い放った。
『あたし……やっぱり、高木先輩の代わりに「華山院の次期家元」なんて、絶対に無理だわ』
——今さら、なにを言う?
高木はため息を漏らすのを、どうにか堪えた。
華子が高木に代わって華山院の次期家元に推挙されたことは、すでに全都道府県にある各支部に通達し、我が国を代表する一流の老舗ホテルで大々的に「お披露目」するためのパーティの準備も着々と進んでいるのだ。
さらに、同時にその場で、本宮を婚約者として発表することも目論んでいた。
『だって……お花が剣山に挿さらないんだもんっ』
スマホの向こうの高木が、これから二・三人殺めそうなほど凶悪な表情で、ぐらぐらと沸き立つル・クル◯ゼの中のパスタをほぐしていることなど、華子にはまったく気づいていないのであろう。
「茎の先を割るようにして十字に鋏を入れ、枝の場合はさらにその間にも入れるんだ。そして先を尖らせるように両端を落とせば、剣山に挿さらないなんてことはない」
『そもそも、こんなど初心者のあたしに、いきなり華展なんて無茶なのよっ。それに、この前デート中に、突然おとうさまが本宮さんのスマホにかけてきて、そのあと準備会場に無理矢理連れて行かれたのよっ⁉︎』
——あぁ、うるさい。
「とりあえず花器に何本か挿しとけば、あとは側近のヤツらが何とでもしてくれるだろ?」
五百年以上も続く華道の流派なのだ。高木だって、先代家元の厳しい教えに耐えながら、子どもの頃から修練を重ねてきた。一朝一夕にはいくわけがない。
『やっぱり、高木先輩が家元になるべきだわ』
「……じゃあ、見合いの話はなかったことになってもいいんだな?」
今まで威勢のよかった華子が、急に息をのんだのがわかった。
「君が父方の華山院の次期家元となって、本来継ぐはずだった母方の権藤の家を代わりに継いでくれる人が必要になったから、見合いしたんじゃないか。もし、君が次期家元に就くのを辞退するのであれば、その見合いの話を白紙に戻すのは当然のことだろ?」
イケメンで長身の上に高学歴のエリート官僚である本宮のことを、華子がまんざらでもなく思っているのを、高木はしっかり気づいていた。
『ちょ…ちょっと、待ってよ……』
「だったら、自分のやるべきことをよーく考えるんだな?」
高木はそう言い捨てて、スマホのディスプレイをタップして通話を終了させた。
そして、ル・クル◯ゼから茹でていたパスタを一本取り出し、嚙る。
「よし……ちょうどアルデンテだ」
高木はコンロの火を止めた。
——本宮さんの方にも、少し「がんばって」もらうとするか。
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
報酬はその笑顔で
鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。
自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。
『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。
※小説家になろう、カクヨムでも公開中※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる