カラダから、はじまる。

佐倉 蘭

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【Extra Secret】あなたは知らない

Confidential 2 ③

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「あのひと」のどこにかれたのか、高木にはまったくわからない。

   あの夜の彼女は、庁舎会社でよく見かける三センチほどのローヒールで颯爽と廊下を歩いていく後ろ姿とは真逆だった。

   いくら酒に強いといえども、あれだけテキーラデ・アガヴェを飲んだのだ。十センチはありそうなピンヒールは、フラついていた。

   見るからに軽そうな男に腰をがっちりと抱えられ、適当に選んだラブホに連れ立って入っていく、その後ろ姿は……いくら、彼女の方が「お持ち帰り」したとしても……

——やはり、哀れであった。

『なんて……危なっかしいひとなんだろう……』

   そのときの高木は、確かにそうつぶやいただけだった。
   そして、ラブホに消えていく彼らの後ろ姿を、乾いた笑みを浮かべて、ただ傍観しているに過ぎなかった。

   にもかかわらず——今では、己の人生がひっくり返っていた。


   そのとき、立花瓶花器の脇に置いてあったスマホがヴヴヴッと振動した。
   高木はそのスマホを手にし、発信元を確認してから「応答」をタップする。

「……はい?」

小山こやまです。真澄さん、今、お時間よろしいですか?』

   家元の側近の中でも最古参で「右腕」として仕えている男だった。

「あぁ、小山さん……構いませんよ、どうしましたか?」
   高木は鷹揚に応えた。

——今度開かれる華展の準備で、ちょうど猫の手も借りたいほど忙しい時期のはずだが。

   彼も去年までは、巨大な花器にいろんな太さの松の枝を組み合わせて縦横無尽に生け、観る者の度肝を抜くダイナミックな作品を披露していた。

『それが……華子さんが、華展の準備にまったく来てくださらなくて……』
   高木とは親子ほども違う男の声が、今にも泣きそうになっていた。

「それは、それは……さぞかし、家元が御冠おかんむりでしょうね」

   おろおろする弟子たちに、辺り構わず怒鳴り散らす鬼のような家元の顔が目に浮かんだ。

『……私の口からは畏れ多いことですが、やはり……華子さんには荷が重すぎるのでは……』

   だから、真澄さんでないと……と言いかけた言葉を「小山さん」と、高木は静かな声で遮った。

「華山院の次期家元は、華子さんに決まったのです。そう決定された以上、当代の側近であるあなた方が、彼女を支えなくてどうするのですか?」

『ですが、真澄さん……』

「ところで、華子さんに連絡はついたのですか?」

   早急に、善後策を取らなければいけない。華展は間近なのだ。高木は話題を切り替えた。

『ええ、スマートフォンに連絡したところ、お出になったので……でも、それが、その……お見合い相手の方とのデート中だということで、「邪魔しないで」と烈火の如くお怒りになりまして……』

   高木は思わず、舌打ちしそうになった。華子には「次期家元」としての心構えがまったくないようだった。

「……わかりました」

   高木はふーっと息を吐いて気を落ち着けてから、
「では、至急、家元ご本人から『お見合い相手の方』へ連絡を取ってもらってください。そして、お相手の方に、デート中であろうとなかろうと『華子さんを引き摺ってでも華展の準備会場に連れてくる』よう、厳命してください」
と「アドヴァイス」した。

『えええぇーっ⁉︎』
   スマホの向こうの小山は、きっとムンクのような顔で叫んでいるに違いない。

   そんな彼にはいっさい構うことなく、高木はピッ、とスマホにタップして、通話を半ば強制的に終了させた。

——まったく、どいつもこいつも、世話の焼ける。

   目鼻立ちのハッキリした人目を引く美しさの中に、いかにも聞き分けのない気の強さを滲ませた従妹いとこの顔を、高木は思い浮かべた。

——華子のヤツ、まだ駄々をこねて拗ねてるようだな。

   そして、高木はようやく盛大に舌打ちした。


   家元夫妻の泥沼離婚の結果、両家はこの上なく最悪な形で断絶したため、華山院の側も権藤の側もまるで気がついていないが、実は高木 真澄と権藤 華子にはつながりがあった。

   町田にある私立の学園で、学年は違えど幼稚部から高等部まで一緒だったのだ。
   ちなみに大学は、高木が外部のC大を受験したのに対し、華子はそのまま附属の大学へ内部進学した。

   だから、高木だけは、彼女がなぜ華山院の次期家元の座に就きたくないのかも知っていた。

   実際に『高木先輩、助けてーぇっ』と泣きつかれたのだ。学園に通っている頃「氷の貴公子」と呼ばれていた彼に、そんな振る舞いができるのは今も昔も彼女くらいだ。


「……なにが、『華山院 華子』っていう名前だけには絶対に戻りたくない、だ」

   ひさしぶりに高木のスマホに通話してきたかと思えば、権藤 華子は『そんなへんてこりんな名前はイヤなのっ!』と泣きわめいたのである。

   高木は、そんな彼女を見合い相手として押しつけたことを申し訳なく思いながらも、願わずにはいられなかった。

——本宮さんには、なんとしてもがんばってもらわないとな。

   さらに、こうも思った。

——彼が、学生時代からずっと「あのひと」のことが好きだったのなら、華子はまぁ「似たような系統タイプ」だと言えなくもないから……

   たぶん——大丈夫だろう。

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