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【Extra Secret】あなたは知らない
Confidential 2 ①
しおりを挟む高木は、新宿にある公務員宿舎の単身用のワンルームで、立花瓶に向かって花を生けていた。
選んだ花は極楽鳥花だ。
中世の英国で、稀少な植物の種を求めて世界中を駆け巡ったプラントハンター、准男爵ジョゼフ・バンクスなどを支援した当時の国王、ジョージ三世の妃であったソフィア・シャーロット・オブ・メクレンバーグ=ストレリッツから名付けられたその花は、鳥の頭のように見えるオレンジの花弁とブルーの萼が目にも鮮やかな、南アフリカ原産の植物である。
あまりにも個性的過ぎる極楽鳥花は、ほかの花と組み合わせるには至難の業だ。
だからこそ彼は、一種類の植物だけを用いた「一種生け」という手法で、流派の奥義である「真」「副」「体」を表現しようとしていた。
用意した数本の極楽鳥花の必要な部分だけを花鋏で切り、剣山の手前から奥に向けて、寸分の狂いもなく一直線に挿していく。
複数の花を使っているにもかかわらず、敢えてまるで一本の花のように見せる「生花」という型だ。元は、仏前に供える仏花に由来した一番伝統的な 様式である。
シンプルさを極限にまで究めたその生け方は、生ける者の技量が怖いくらいストレートに顕れる。
ゆえに、高木は「真剣勝負」に挑んでいた。
花を生けることを通して、高木は今——自分自身と「対峙」していた。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
青々とした畳が広がる座敷の間に、揺るぎのない凛とした声が響く。
『誠に勝手ながら……これから先は、公務員の職に専念いたしとう存じます』
きっちりと正坐をした高木は、背筋をすっきりと伸ばしたまま、頭を下げた。
『今……なんと申したか、真澄』
平生は、表情筋が死滅したかのように動かぬはずの家元の顔が、大きく歪んだ。
『おまえは、室町の御代より続く我が「華山院」の次代を継がぬと言うのか……⁉︎』
『家元の御言葉を返して、恐縮至極ではありますが……』
平伏したまま、高木は続ける。
彼にとって家元は、一応血を分けた「伯父」ではあるが、そんなふうに思ったことは未だかつて一度もない。
『室町の御代より直系血族でつないできた我が華山院であるからこそ……やはり、家元の息女が次代を担うのが、御先祖にも顔向けのできる定められた道かと存じます』
床の間には、家元自ずから生けた立花があった。当代家元が伝統的な「正体」に現代的なアレンジを施し、自ら「新正体」と称したものだ。
その花の前で、ぴしりと背筋を正して座した家元が、眼光鋭く高木を見下ろす。
『だが、真澄、何の鍛錬もせぬまま大人になった華子がこの華山院を背負えると思うのか?……だれがどう見ても、荷が勝ちすぎるとは思わぬのか?』
『失礼ながら、家元……』
高木は突然、声を低めた。
『入門者の数が年々減少し、それに伴って門下生の平均年齢がぐっと上がっていると聞きます。もはや、昔のような『花嫁修行』としての嗜みで、門戸を叩く者などいません。このままでは……いくら『室町の御代より…』と謳ったところで、この流れは食い止められますまい』
家元の眉間がぐっと寄り、シワがくっきりと刻まれる。
『……なにが言いたい、真澄?』
『権藤さんの方から『申し出』があったそうですね?』
権藤家は、家元が政略結婚して離婚した相手側の家である。戦前の貴族院だった時代から、国会議員を輩出している政治家一族だ。
しかし、政治の世界も議員定数の削減や小選挙区制の導入によって激変し、「貴族院から続く威光」だけでは、地元の選挙戦には辛うじて勝てても、昔のように中央政界で睨みを利かせるには、もっと全国津々浦々から確実に集票できる「力」が必要となる。
だからこの際、いくら門下生が減少の一途を辿る「華山院」とはいえども、全国に何万人もいる「選挙民」に目をつけたのだ。
要するに、権藤家も政治家として生き残るために必死なのだ。
『華子さんを次期家元に据えれば——なにかと「便宜」を図るとおっしゃっているんですよね?』
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