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Epilogue
③
しおりを挟むわたしは素っ頓狂な声をあげたと同時に、また「彼」を締め上げてしまった。
「……ぅく……っ⁉︎」
高木はまた、奥歯をぎりりっ、と噛み締めて堪えることとなった。
「せっかく……持ち直した……矢先…だった…のに…っ……!」
その麗しい顔の眉間には、般若のような深い縦ジワがくっきりと走っていた。
「あっ、ごめん、ごめん。……ね、一回、出しておく?」
わたしは親切心で「提案」してみた。
「……どうして……七瀬さんが……知ってるんだ?」
「提案」はキレイにスルーされた。どうやら、自力で堪えるようだ。
「本宮から聞いたのよ。彼のお見合い相手の華道の家元の娘って、次期家元として期待されていた『御曹司』が出て行っちゃったから、急に跡を継ぐ羽目になっちゃったそうなんですって。……もしかして、その『御曹司』って、高木?」
「……本宮さんが……あなたに…そんなことを……」
なぜか、高木の般若の顔がさらに険しくなった。
「七瀬さん……あなたの所為だ」
「わたしの……所為?」
——どうして?
わたしはこの話の展開について行けなくて、上目遣いで彼を探るように見た。
すると、高木はわたしの頬を両手のひらですっぽりと包み込んだ。
「あなたが——僕の人生を変えたんだ」
わたしの切れ長の瞳を、彼の鋭い眼光が怖いくらいまっすぐに射る。
——とても……目を逸らすことはできない。
「金融庁に入って初めてあなたを見たとき、こんなに容姿も経歴もすべてが完璧な女が、この世の中にいるなんて、と思った」
彼の両手のひらに包まれた、わたしの頬が一瞬のうちに朱に染まる。男の人からこんなふうにストレートに言われたのは——生まれて初めてだ。
「本来ならば、大学を卒業したら、家元の付き人として『修行』に入ることになっていたのに、流派の人たちを束ねるには『社会経験』も必要だと無理を言って、就職を認めてもらった甲斐があった、と思った」
こっ恥ずかしいから、朱く染まった頬を見られたくないのに、彼の両手のひらがそれを許さない。
「あなたは僕のことなど気づきもしなかったけど……僕はあなたをずっと見ていた」
——ええっ、高木、ウソでしょう……⁉︎
しかし——次の瞬間、高木の口調ががらりと変わった。
「それにしても……チョモランマ級に聳え立っている、あなたのその『女王様』な自尊心は、周囲からミスT大などと煽てられて、ちやほやされているうちに培われてしまったのかな?」
一瞬にして、なぜかわたしは高木からディスられていた。
——はぁ……⁉︎
朱に染まったわたしの頬が、一気に醒めた。
信じられない気持ちで高木を見上げると、彼は口角を上げて微笑んでいた。
だが、その目はいっさい笑っていない。
「そんなに好きな男からフラれるのが怖い?きっと、あなたのその『ご立派』な自尊心が、木っ端微塵に砕け散るだろうからね。……だから、ずーっとなにをするでもなく、ただその男をひたすら未練がましく『見ているだけ』だったのでしょう?」
「ね、ねぇ……いきなり何なの?」
「そして、時々呑みに行ってはそこで出会ったオトコとこんなふうにセックスして、中途半端に憂さ晴らしをしていたのでしょう?」
「な、なに言ってんのよっ⁉︎ 」
ワケがわからないわたしは、声を荒げた。
しかし、高木はまったく動じることなく、それどころか、その微笑みがどんどん深くなっている。
「ずーっとあなたを見ていた、と言ったでしょう?あなたが『完璧な女』なんて、とんでもない。……むしろ、危なっかしくて目が離せない人だ」
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