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Last Secret
③
しおりを挟む「……あ、ちょっとお手洗いに行ってくるね」
わたしは、黒の2.55を持って立ち上がった。
「もうっ、あんなに呑むからよっ」
母から、鬼の形相で睨まれる。
「それよりも、おとうさんの方こそ大丈夫なの?かなり急ピッチで呑んでない?もうすぐ花束贈呈で前に出なくちゃならないんでしょ?」
——それに、今日のおとうさん、不気味なほど、ほとんど喋ってなくない?
「あら、イヤだ。おとうさん、いくらお酒に強いからって、もうそのくらいにしておいてよ?」
しかし、父は母の言うことを聞かずに、無言でグラスに瓶ビールを注いだ。
「もうっ、おとうさんったらっ⁉︎」
——七海が「結婚した」ってことを、おとうさんも、今日のこの瞬間になって実感したのね……
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
パウダールームで唇にルージュを引いていたら、従妹が入ってきた。
「あら、麻琴ちゃん」
わたしが話しかけると、
「七瀬ちゃんもメイク直し?」
彼女から華やかな笑顔が返ってきた。
母の兄の娘なのだが、ヒールを履くと軽く一七〇センチを越える長身で、しかもメリハリボディの美女だ。街を歩くと、よく女優やモデルに間違えられることがあるそうだ。
「今日は七海のために、わざわざ大阪から来てもらって、申し訳なかったわね」
渡辺 麻琴は八王子にある美術大学を卒業後、新進のネット通販会社に製品デザイナーとして就職し、今は大阪で勤務していた。
「こっちこそ、ギリギリになっちゃってごめんね。危うく七海ちゃんのチャペルでの結婚式が見られないところだったわ。それに、水臭いこと言わないで。わたしには弟しかいないからね。七瀬ちゃんと七海ちゃんが『おねえちゃん』だと思って育ってきたのよ?」
七海と麻琴は同じ年の生まれだが、七海が二月の早生まれで麻琴が十月の遅生まれのため、一学年違った。
「あっ、そうだ!うちの弟がこの前さぁ、家に彼女を連れてきて、うちの両親に『そろそろ結婚したい』って言ったんですって」
「ええっ、まだ大学を卒業したばっかりじゃないの?」
従弟とわたしとは、八歳ほどの歳の差だ。
「大学の新歓コンパで知り合って、ずっとつき合ってるそうよ」
「だからって……早過ぎない?」
「わたしも、もうちょっと『社会』を見てからでもいいと思うんだけどねぇ」
そう言って、麻琴は鮮やかなルージュを引いたあと、唇を数回閉じ開きをしてなじませた。
「……ねぇ、七瀬ちゃんは、七海ちゃんが先に結婚して、叔父さんや叔母さんからせっつかれたりしない?」
麻琴が鏡越しに上目遣いで訊く。
その表情には、彼女の子どもの頃の面影が色濃く残っていて、わたしは思わず微笑んだ。
「あぁ、そういう面では、うちはわたしには『放任主義』だから」
「いいなぁ、わたしなんか、早速うちのおとうさんから『おまえはいい人がいないのか?いないんだったら、見合いでもするか?』って言われたわよ。今日の七海ちゃんの結婚式を見て、また言われるわ」
麻琴はその麗しい顔を歪めてごちた。
「あら、麻琴ちゃんには彼氏はいないの?」
すると、歪みがさらにひどくなった。
「同じ会社に好きな人がいるんだけどね。もう、なりふり構わずアタックしてるんだけどね。頼み込んだらデートはしてくれるんだけど、なかなか振り向いてくれないのよ」
——へぇ、こんな美人がそこまでしてるのに、袖にする男ってすごいわね。
「……じゃあ、先に戻ってるわね」
わたしは麻琴にそう言って、セレクトショップで購入した金のラメが随所に散らばった黒のノースリーブのマキシワンピースの上に、シャンパンゴールドのチュールショールをふわりと首に巻いた。
それから、2.55を手にして、パウダールームを出る。
そして、十センチヒールのル◯タンで歩いていると、
「……あ、七瀬」
声をかけられて振り向く。
そこには、礼服の本宮がいた。どうやら、彼も席を外していたようだ。
「本日は妹の結婚式にご参列いただき、ありがとうございます」
わたしは「姉」として、お礼を述べて頭を下げた。
「あ、いや……本日はおめでとうございます」
本宮が返礼する。
「ここで会えてよかったよ。なぁ、二次会行くんだろ?」
——バンケットルームでは、わたしだけみんなから島流しに遭って「離島」にいたからね。
「そうね、一応そのつもりでL◯NEに返答したはずだけど。……あれ、本宮が幹事なの?」
偶然にも田中の高校時代の親友が、七海の会社の上司だったらしくて、二次会の幹事は彼が引き受けてくれた、って聞いたはずなんだけれども……
「いや、おれは幹事じゃないよ。……あのさ」
——なにかしら?
「七瀬……きみに、話があるんだ。二次会を途中で抜け出してくれないか?」
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