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Secret 6
②
しおりを挟むわたしは田中がいる課のドアを勢いよく開けた。
「あ、七瀬さん」
ドアの傍にいた高木が振り向いた。
「ねぇ……今、戸川が『田中がたいへんだ』って……うちの課に駆け込んできたんだけど……田中になにがあったの?」
少し小走り気味に来ただけなのに、もう息が上がっている。運動不足もさることながら、ここ連日の睡眠不足が祟っているのだ。
「戸川に訊いても、急にトーンダウンしちゃって……」
「まぁ……そうなるでしょうね」
高木はそう言って、身体を窓の方へ向けた。わたしもつられてそっちの方向を見る。
すると——
そこには、身体を真っ二つに折り曲げながら、肩を震わせたり揺らしたりして、今にもデスクに突っ伏しそうなほど、笑い転げている男がいた。
——田中だった。
庁内では、体内に一滴の血も流れていないかのごとく思われている「人造人間」田中が、文字どおり抱腹絶倒している姿を目の当たりにした彼の課内の人たちは、茫然自失となって凍りつき、だれもが自然とマネキンチャレンジをしていた。
「ちょ、ちょっと……高木っ!た、田中が……こ、壊れちゃったじゃんよっ⁉︎」
わたしは涙目になって、高木のチャコールグレーのジャケットの袖を掴んだ。
「あまりにも忙しすぎて……とうとう、発狂しちゃったんじゃないのっ⁉︎」
しなやかに身体のラインにぴったり沿った縫製や、手触りだけで判る上質な生地から、結構なお値段の代物だとは察したが、緊急事態だ。
「あ、あなた……田中の『秘書』でしょっ⁉︎」
その腕をぶんぶん揺さぶりながら、わたしは叫んだ。
「な、なんで……あんなになるまで、働かせたのよぉっ⁉︎ もう救急車は呼んだのぉっ⁉︎」
——もし、シワになったら、あとでクリーニング代を払うから今は許してぇっ!
「……落ち着いてください、七瀬さん」
高木は穏やかな声で、まるでパニックを起こした園児を宥める幼稚園の先生かのように言った。
「諒志さんは……えーっと、その……ただ『笑ってるだけ』ですから」
「で、でもっ! あんなに笑い転げるヤツじゃないじゃんっ⁉︎」
わたしは高木に追いすがった。
「そうですね、諒志さんのあのような姿は、今までに見たことはありませんが……」
やっぱり——田中のプラベを把握している高木ですら、そうなんだ……
「でも……どう見ても、ただ『笑ってるだけ』ですから」
高木は今度は母親のようにわたしの背中を摩りながら、説くように語りかける。
「じゃあ、なんであんなに笑い転げてるのよっ⁉︎」
「よくはわかりませんが……スマホで、だれかと通話しているみたいです」
わたしはもう一度、田中の方へ視線を戻すと、確かに彼はスマホを手にしていた。
「もしかしたら聞き間違いかもしれませんが、諒志さんがスマホを持ってなにか話し始めたとき、『ななみん』って言ってたような気が……」
——『ななみん』⁉︎
田中は今……七海とスマホで話をしているの⁉︎
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