カラダから、はじまる。

佐倉 蘭

文字の大きさ
上 下
33 / 67
Secret 6

しおりを挟む

   わたしは田中がいる課のドアを勢いよく開けた。

「あ、七瀬さん」
   ドアの傍にいた高木が振り向いた。

「ねぇ……今、戸川が『田中がたいへんだ』って……うちの課に駆け込んできたんだけど……田中になにがあったの?」

   少し小走り気味に来ただけなのに、もう息が上がっている。運動不足もさることながら、ここ連日の睡眠不足が祟っているのだ。

「戸川に訊いても、急にトーンダウンしちゃって……」

「まぁ……そうなるでしょうね」

   高木はそう言って、身体からだを窓の方へ向けた。わたしもつられてそっちの方向を見る。

   すると——

   そこには、身体からだを真っ二つに折り曲げながら、肩を震わせたり揺らしたりして、今にもデスクに突っ伏しそうなほど、笑い転げている男がいた。

——田中だった。


   庁内社内では、体内に一滴の血も流れていないかのごとく思われている「人造人間サイボーグ」田中が、文字どおり抱腹絶倒している姿を目の当たりにした彼の課内の人たちは、茫然自失となって凍りつき、だれもが自然とマネキンチャレンジをしていた。

「ちょ、ちょっと……高木っ!た、田中が……こ、壊れちゃったじゃんよっ⁉︎」

   わたしは涙目になって、高木のチャコールグレーのジャケットの袖を掴んだ。

「あまりにも忙しすぎて……とうとう、発狂しちゃったんじゃないのっ⁉︎」

   しなやかに身体からだのラインにぴったり沿った縫製や、手触りだけでわかる上質な生地ウールから、結構なお値段の代物だとは察したが、緊急事態だ。

「あ、あなた……田中の『秘書』でしょっ⁉︎」

   その腕をぶんぶん揺さぶりながら、わたしは叫んだ。

「な、なんで……あんなになるまで、働かせたのよぉっ⁉︎ もう救急車は呼んだのぉっ⁉︎」

——もし、シワになったら、あとでクリーニング代を払うから今は許してぇっ!

「……落ち着いてください、七瀬さん」

   高木は穏やかな声で、まるでパニックを起こした園児をなだめる幼稚園の先生かのように言った。

「諒志さんは……えーっと、その……ただ『笑ってるだけ』ですから」

「で、でもっ! あんなに笑い転げるヤツじゃないじゃんっ⁉︎」
   わたしは高木に追いすがった。

「そうですね、諒志さんのあのような姿は、今までに見たことはありませんが……」

   やっぱり——田中のプラベを把握している高木ですら、そうなんだ……

「でも……どう見ても、ただ『笑ってるだけ』ですから」
   高木は今度は母親のようにわたしの背中をさすりながら、説くように語りかける。

「じゃあ、なんであんなに笑い転げてるのよっ⁉︎」

「よくはわかりませんが……スマホで、だれかと通話しているみたいです」

   わたしはもう一度、田中の方へ視線を戻すと、確かに彼はスマホを手にしていた。

「もしかしたら聞き間違いかもしれませんが、諒志さんがスマホを持ってなにか話し始めたとき、『ななみん』って言ってたような気が……」

——『ななみん』⁉︎

   田中は今……七海とスマホで話をしているの⁉︎

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私はバーで強くなる

いりん
ライト文芸
33歳、佐々木ゆり。仕事に全力を注いできた……つもりだったのに。 プロジェクトは課長の愛人である後輩に取られ、親友は結婚、母からは元カレの話題が飛んできて、心はボロボロ。 やけ酒気分でふらりと入ったのは、知らないバー。 そこで出会ったのは、ハッキリ言うバーテンダーと、心にしみる一杯のカクテル。 私、ここからまた立ち上がる! 一杯ずつ、自分を取り戻していく。 人生の味を変える、ほろ酔いリスタートストーリー。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

真実(まこと)の愛

佐倉 蘭
現代文学
渡辺 麻琴 33歳、独身。 167cmの長身でメリハリボディの華やかな美人の上に料理上手な麻琴は(株)ステーショナリーネットでプロダクトデザイナーを担当するバリキャリ。 この度、生活雑貨部門のロハスライフに新設されたMD課のチームリーダーに抜擢される。 ……なのに。 どうでもいい男からは好かれるが、がっつり好きになった男からは絶対に振り向いてもらえない。 実は……超残念なオンナ。 ※「あなたの運命の人に逢わせてあげます」「昼下がりの情事(よしなしごと)」「偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎」「お見合いだけど恋することからはじめよう」「きみは運命の人」のネタバレを含みます。

友達の肩書き

菅井群青
恋愛
琢磨は友達の彼女や元カノや友達の好きな人には絶対に手を出さないと公言している。 私は……どんなに強く思っても友達だ。私はこの位置から動けない。 どうして、こんなにも好きなのに……恋愛のスタートラインに立てないの……。 「よかった、千紘が友達で本当に良かった──」 近くにいるはずなのに遠い背中を見つめることしか出来ない……。そんな二人の関係が変わる出来事が起こる。

白衣の下 先生無茶振りはやめて‼️

高野槇
恋愛
弟の主治医と女子大生の恋模様

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

処理中です...