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Secret 5
⑥
しおりを挟む本宮は四国の高知の出身で、父親は県庁に勤める地方公務員だそうだ。
全国的に有名な関西の名門の中高一貫男子校を経てT大の文科一類に進学した彼は、国家公務員一種試験に合格し、卒業後は総合職として金融庁に入庁した。
彼がこの先なにを目指しているのかはまったく知らないが、東証一部上場企業の証券会社の重役を父に持つ田中とは違って、本宮にこれといった「後ろ盾」がないのは、残念ながら事実だ。
ゆえに、衆議院議員を母に持つ、華道家元の娘との縁談は、願ってもない「御縁」だろう。
たとえ、相手の「お嬢サマ」に多少思うところがあるとしても、飛びつくのはわからなくもない。
「……そうだな、向こうからはいつぐらいがいいか、せっつかれてるよ」
本宮は、鰻重への箸を止めずに言った。
「やっぱ、鰻重美味いな。そういえばさ、鰻重のタレの味って、当たり外れないよなー。おれもこっちにすればよかった」
「お相手の『お嬢サマ』、なかなか『個性的』なんですって? 次期家元なのに、まるでやる気がないらしいじゃないの?」
本宮の箸がひたり、と止まった。
「だれから聞いた?」
——あら、怖い……
「アンタの『秘書』の戸川からよ。山岸とは同期だから、うちの課に寄ったときによくウワサ話して帰るのよ」
「あいつ……道理で、使いに出したらなかなか帰ってこないはずだ」
本宮は顔を顰めた。
「戸川に喋るな、と言っても無理だわ。一応、『ほかでべらべら喋るんじゃないの』って注意はしたけどね。言いふらされて都合の悪いことは、たとえ世間話のつもりでも言わない方が賢明ね」
わたしはそう言って、熱いお茶を一口飲んだ。
「でも、あの子がなにかと『情報収集』してくれてる面では、助かってるんじゃないの?」
だから、そんなに強いことも言えないのだろう。
「まぁ……別にいいよ。さすがに、ウソやデマは困るけどさ」
本宮のこういう開けっ広げなところは「超秘密主義」の田中とは真逆だ。
「そもそもさ、おれの見合い相手は『華道の家元』なんかになるはずじゃなかったらしいんだよ」
ぐつぐつと煮えた小鍋からピックアップした牛肉を溶いた卵に潜らせながら、本宮は話し始めた。
「物心ついたときにはすでに両親の仲が悪くて、別居して母親の実家で暮らしてたらしい。だから、子どもの頃から華道の稽古していたわけじゃないみたいだ。中学生のときにとうとう離婚して、母親に引き取られたから、父親とはたまにしか会ってなかったって言ってたしな。母親も当時まだ健在だった政治家の祖父さんの秘書をやっていて、すごく忙しかったそうだ」
「なるほどね。『お嬢サマ』にも事情があったんだ」
わたしは鰻重を食べながら聞く。
このご時世、いくら中国産とはいえ、このお値段でウナギをいただけるのはありがたい。(わたしのおサイフから出て行くわけではないが……)
「わたしは中学生の頃、せっかく入った私立の中高一貫の女子校を転校するのがイヤで、父の九州への転勤にはついていかずに、東京に残って祖父母の家にいたのよ。だから、傍に親がいないさみしさはよくわかるわ」
ご近所さんたちをはじめとする世間の人々に対して「自慢の孫娘」だったわたしを、もちろん祖父母はかわいがってくれ、全国模試の結果などが良ければ大袈裟なくらい褒めてくれてはいたけれど、やはり両親が恋しくてホームシックになったときにはどうしようもなかった。
だけど、良くしてくれている祖父母を悲しませたくなくて、一人ベッドの中でひっそりと何度も泣いた。
「おれも私立の中高一貫の男子校に通うために、高知の親元を離れて神戸の叔母の家に居候してた身だからな。わかるよ、それ」
——あら、意外な共通点。
でも、昔からの超名門私立男子校には、全国各地から選りすぐった「精鋭」たちが集まってくるのがデフォルトだ。
わたしの父も福岡から上京して、伯父の家に下宿しながら通学していた。
だからこそ、父は『七瀬だけじゃなくて、おとうさんたちだってさみしくて堪らなくなるんだぞ』と言いつつも、わたしが東京に残るのを許してくれたのだけれども——
「……実は、あの流派には、子どもの頃から徹底的に仕込まれた『御曹司』がいるんだってさ」
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