カラダから、はじまる。

佐倉 蘭

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゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


——どうせ、このまま眠れないのなら……

   すっかり目が冴えてしまったわたしは、開き直って映画のDVDを見ることにした。

   わたしは映画が好きだ。……と言っても、「全米が泣いた」ハリウッドの超大作などにはまったく興味がない。
   だから、七海と田中が今日一緒に観たという「ボヘミアン・ラプソディ」にもほとんど食指は動かない。

   大通りから一本入った筋にひっそりとあるような昔からある小さなミニシアターで、いかにも単館でしか掛からないような作品を観たいのだ。

   それはフランス映画にありがちなのだが、「えっ、まさかのここで『Fin』?」というような観客に置いてきぼりを喰らわすような作品であればあるほど、たまらない。
   観終わったあとに「その後」を自分で勝手に、ああでもないこうでもないと考えるのが至福の喜びなのだ。

   だが、昨今の由々しきシネコンブームによって、そんな単館シアターが絶滅危惧種レッドリストになってしまっている。
   にもかかわらず、あまりにも激務のわたしは、なかなか時間を取って観に行くこともままならない。

   だから、仕方なくDVDのコレクションが増えていく。(中には観たくてもDVD化されていないのもあるが……)
   最近はネットの「定額」でいろんな映画が観られるらしいが、ノスタルジーを脅かすものへのせめてもの「抵抗」だ。


   わたしはリモコンで部屋の灯りを点け、ベッドから降りてコレクションのDVDがずらりと並ぶシェルフまで行くと、ある一枚を抜き出した。
   手にしたのは「ロシュフォールの恋人たち」だった。

   この映画は名匠ジャック・ドゥミ監督が、今やフランスの国民的大女優となったカトリーヌ・ドヌーヴがまだ駆け出しの頃に起用して撮った「シェルブールの雨傘」でカンヌ国際映画祭の最高賞パルム・ドールを獲ったあと、再度彼女を主演に据えて製作した作品だ。

   軍港のある港町ロシュフォールを舞台に「いつかはパリへ行きたい」と夢を抱く、W主演のフランソワーズ・ドルレアック扮する双子の姉とカトリーヌ・ドヌーヴ扮する双子の妹を中心に、その周辺の人々もとにかく「みんなが恋してる」映画である。

——姉妹が一人の男を巡って争う脚本シナリオじゃなくて、ほんとよかった……

   最初に観たときには思いもよらなかった感想だが、今のわたしは心底そう思う。


   作曲家を夢見る姉は、自作の曲の譜面を落としてしまい、ジーン・ケリー扮するこの町を訪れたアメリカ人の作曲家に拾われる。
   実は、彼こそが姉が自分の曲を見てもらいたい憧れの人だった……

   ダンサーを夢見る妹は、恋人である画商の店で自分の肖像画を見つける。ジャック・ペラン扮する画家志望の水兵が描いたものだった。
   だが、彼女には絵のモデルになった覚えもないどころか、その水兵の顔すらも知らなかった……

   双子姉妹の母親は、三人の子を持つシングルマザー。町で人気のカフェを営んでいる。
   ある日、作曲家志望の双子の姉は、最近開店した楽器店の店主から、十年前に別れてしまったが今でも忘れられないというひとの話を聞く。
   実は、それは自分たちの母親のことで、その店主は母の元カレで、しかも自分たちの異父弟おとうとの父親だった……

   全編を彩る、軽快ではあるがどこか切なさを漂わせるミシェル・ルグランのメロディに乗せて、バレエ経験のあるフランソワーズ・ドルレアックとカトリーヌ・ドヌーヴの双子ダンス、大御所ジーン・ケリーのタップダンス、ダンサーでもあるジョージ・チャキリスのキレのあるジャズダンスがふんだんに盛り込まれた、とても一九六七年につくられたとは思えない、今観ても色褪せることのないオシャレでポップなミュージカル映画だ。
(最近大ヒットした「ラ・◯・ランド」よりもずっと「新しい」と思う。)


   実は、双子の姉妹を演じたフランソワーズ・ドルレアックとカトリーヌ・ドヌーヴは、血のつながった正真正銘の姉妹だ。
   フランソワーズの「ドルレアック」が本名で、カトリーヌの「ドヌーヴ」の方が母親の旧姓からとった芸名である。

   彼女たちは、舞台俳優の父と女優の母との間に生まれた四人姉妹の長女と次女で、一つ違いの年子であったため、まるで双子のように育った。
   大人っぽくて気品あふれるフランソワーズに対し、カトリーヌは愛らしい童顔で小悪魔的だった。
   赤味がかったブルネットのままでいることが多かったフランソワーズに対し、カトリーヌはブルネットをブロンドに染めた。
   対照的な魅力だが「美人姉妹」であることにはたがわない。

   フランソワーズが国立高等演劇学校コンセルヴァトワールで演技の基礎を学んだのに対して、カトリーヌはいきなり映画界という「現場」に放り込まれて学んでいった。
   さらに、私生活プライベートでは、フランソワーズが二十代初めに婚約を破棄し、カトリーヌは十代の終わりに未婚のまま子どもを産んだ。

   だが、次々と映画の主演の仕事が舞い込み、順風満帆な女優人生のスタートを切っていたのは二人とも同じだった。

——そういえば、フランソワーズは水の星座のうお座で、カトリーヌは風の星座のてんびん座だったなぁ。

   そんなふうに思ったのは、わたしが水の星座のさそり座で、妹が風の星座のみずがめ座であるからかもしれない。


   けれども、現在——フランスが誇る大女優カトリーヌ・ドヌーヴの名声は聞くことはあっても、その姉であるフランソワーズ・ドルレアックの名を聞くことはない。

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