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Prologue
②
しおりを挟む「わたし」という人間は、なんてさもしいのだろう。
好きでもなんでもないはずの男に抱かれているのに、こんなことでも考えていないと、文字どおり身も世もなく翻弄されそうになっているのだ。
——心を伴わないセックスなんて、いつものことなのに。
なぜなら、わたしが唯一本当に好きになったあの「彼」とは、とうとうカラダの関係にはなれなかったからだ。
十八歳の頃から三十一歳の今まで続く「腐れ縁」で、大学のときの同級生であるだけでなく、勤務先では同期でもあるというのに。
つまり、大学も勤務先も一緒だということだ。
「……ほかのことを考えられるなんて、ずいぶん、余裕だな?」
今まで猛々しい「自身」でねっとりとわたしの胎内を掻き回していた男が、いきなりぐんっ、と腰を入れた。
「……あ……っん……っ」
思わず甘い声が漏れてしまった。同時に、胎内をぎゅっと締めてしまう。
感に堪えられず細く薄めた目で見上げてみると、男の顔が忌々しげに歪んでいる。それでいて眉間にシワを寄せ、ぐっと奥歯を噛み締めて男の方も堪えているようだった。
その顔を見るともなく見つめていたら、かつて大学時代のゼミの呑み会で「彼」が言っていたことを思い出した。
『オンナの胎内で、どうしても持ってかれそうになったときには、2 , 3 , 5 , 7 , 11 , 13 …って数えるようにしてる』
こんなことを女子(といっても、酔い潰れずに話を聞けているのはわたしだけだが)の前でしれっと言う、ろくでもないヤツだった。
「ねぇ……素数を数えると、いいらしいわよ?」
わたしは男に「提案」した。
すると、男の顔がこれまで以上に盛大に歪み、凶悪なまでの形相に変わった。
そしてそのあとは、わたしは男から狂ったようにただひたすら執拗に何度も胎内を突き上げられる羽目となった。
わたしの中の、身も世もなく翻弄されることへの畏れが、あっという間に弾けて飛んで消え去った。
——もっと、もっと……わたしを……めちゃくちゃにして。
見上げるわたしの瞳に仄暗く被虐的な影を見つけた男の口角が、知らず識らずのうちに上がっていく。
逆に、男の瞳の方に嗜虐的な色が宿った。
すぐさま、男はその左手でわたしの手首をがしっと掴んで、ベッドのシーツへ縫いつけた。痛いくらい握り締められている。
さらに、右手ではわたしの太ももを高く持ち上げ、可動域いっぱいまで割り開く。
男の、すでに押し挿されているその「分身」が、さらに奥へ奥へと目指し、わたしの胎内へ向かって、ガツガツガツ…と深くふかく穿つ。
荒々しい男の激しい息遣いとわたしの泣き声にも聞こえる媚びた嬌声だけが、この古びたラブホの部屋に響いていく。
ようやくわたしは、もうなにも考えることなく、そしてもうなににも堪えるもことなく、ただただこの男とのセックスに没頭できるようになった。
——あぁ、なんて気持ちいいんだろう……
理性と規範と——そして「自尊心」がスパークして砕け散り、何度も何度も弾け飛ぶたびに、わたしはこの世で「天国」を見る。
——いや、こんな快楽の極みは、もしかして、堕ち果てた「地獄」かもしれないな……
わたしの恋も、愛も——すべては未だ「彼」にあった。
だったら、「彼」でないのであれば、わたしにとってだれとセックスしても一緒だ。
どうせ今夜は独りでいたって、到底眠れそうにはないのだから。
この男とは今夜限りの仮初めの情事ではあっても——いや、だからこそ、こんなふうに本能のまま淫らに泣き縋って喘がされている方が、よっぽどいい。
この目の前の男が、たとえ今夜一晩だけでもわたしのカラダを渇望してくれているのであれば、幸いだ。喜んでいくらでも差し出そう。
今夜のわたしたちは、ウィンウィンなのだ。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
男の抽送がどんどん激しさを増し、わたしもどんどん極みに向けて駆け上がっていく。
そして……頂を迎え……超えた。
男のカラダが、一気にがくんと脱力して落ちてきた。
——あぁ、終わった。
わたしのカラダじゅうから力が抜けた。
とたんに霞のように白くなっていく意識の中で、わたしは今日一日を振り返る。
今日が「人生最良の日」だったのは、わたしの妹で、「人生最悪の日」だったのは、わたしだ。
わたしの愛する「彼」は今日——義弟になった。
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