カラダから、はじまる。

佐倉 蘭

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Prologue

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   「しあわせ」というものはシーソーのようだと思う。
   片一方が空に向かって浮き上がれば、もう片一方が地に向かって沈むのだ。

   中学生でも知っている数式に例えると、比例定数をaと置いたときのy=a/xという反比例の式のように、その振り幅が大きくなればなるほど、それぞれの方向ベクトルに向かって「慶び」も「哀しみ」も同じだけ進む。

   ゆえに、もし比例定数が最高値を取ったと仮定した場合、慶びの側は「人生最良の日」となるが、哀しみの側にとっては「人生最悪の日」になるということだ。

   また、xが分母にあることから、ゼロの値を取ることができない。どんな数字も0では割れないからだ。さらに、yの値を求めるときにも、xで比例定数を割らなければならないため、同じく0を置くことはできない。

   よって、振り幅であるaが、逆にどれだけ小さくなってその差を縮まらせようとしても、慶びの側のxも、哀しみの側のyも限りなくお互いに近づこうとはするが、この双曲線が原点(0,0)にたどり着いて交わることは決してありえない。

   たとえxとyが0を無視して通り過ぎ、マイナスの値を取ったところで、今度は「慶び側がy」に「哀しみ側がx」に逆転するだけで、やはり同じことである。

   シーソーでいうと、お互いがどんなにがんばって「均衡」を目指しても、決して「完全な水平」になることはなく、絶えずどちらかがほんの少し上である代わりに、どちらかがほんの少し下になるということだ。

   つまり、いつまで経っても両者は、まったく同じだけの慶びと哀しみになることはなく、程度の差はあれ、いつも必ずどちらかが「幸福」で、その代わりいつもどちらかが「不幸」なままなのだ。


   背にあたるシーツはクリーニングの匂いがしてさすがに清潔そうだけれども、ぎしっときしむだだっ広いベッドや、脇にあるくたびれた皮のソファが、薄暗がりの中でも「年代物」に見える古いラブホテルの一室で……

   わたしは、好きでもなんでもない男に組み敷かれながら、つくづくそう思った。

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