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Intermission 〜閑話休題〜
本社 社長室 ①
しおりを挟む遡ること二ヶ月前——
東京本社での重役会議が終わったあと、(株)あさひ証券常務取締役の田中 清志は社長室にいた。
社長の水島 壮一郎と専務の上條 真也は同期で、田中は二期下の入社だ。
「……堅い話はもういいじゃないか。せっかく、専務は大阪、常務は名古屋から来たんだし」
大きな窓を背にして一人掛けのアームソファに座った水島社長が、秘書が淹れたコーヒーにミルク——といってもコーヒーフレッシュ——だけを入れながら言った。
「それなら、田中常務に訊くが……」
そう言って、社長の右側にある客用のロングソファに座った上條専務が、コーヒーを一口飲んだ。彼はブラック派だ。
「いつになったら、うちのバカ息子におたくのお嬢さんを紹介してもらえるのかな?」
——また、その話か。
社長の左側、つまり専務の対面にあたる客用のロングソファに座った田中常務は、うんざりしながらコーヒーに砂糖とミルクの両方を入れた。
「大地君には東京本社の秘書室の……なんと言ったかな……もうすでにお相手がいるじゃありませんか。親が勝手にしゃしゃり出てはいけませんよ?」
「あぁ、篠原君だね?……でも、彼女なら確か」
と言って水島社長がちらり、と上條専務を見る。
「大阪支社の経営企画部の伊東君と結婚したよね?」
——ええっ!? いつの間に!?
「一時は大地と彼女がこのまま結婚、ってことになったらと、私も紗香もやきもきしたんだが」
上條専務は不敵にニヤッと笑った。紗香とは彼の妻で、創業家の朝比奈一族の出だ。
「どうやら別れたみたいなので、復縁しないように、私の秘書として大阪に連れてきた」
——なんだって!?
「そしたら、私の部下の伊東が彼女に一目惚れしてね。ヤツはD大のラグビー部出身でウイングだったから『ボールを持ったらその俊足で一目散に走ってトライしろ!』って焚きつけたら、そのとおりになったよ」
上條専務は声を上げて、豪快に笑った。なぜか水島社長まで、はっはっは…と愉快そうに笑っている。
——なにがおもしろいんだ?普通、息子のことでそこまでやるか!?
金も地位も名誉もある、ちょい悪オヤジ風の、まだまだイケてる二人なのに……田中常務には時代劇に出てくる悪代官と越後屋にしか見えない。
腹黒さが——半端ない。
「朝比奈の新年パーティで、おたくのお嬢さんを一目見たときから、私も紗香も気に入ってしまってね」
上條専務が目を細める。
「娘を連れて行ったのは、小学一年生のときの一回きりですよ。成長してずいぶん雰囲気も変わったし……」
田中常務の反論も虚しく、専務が被せるように言う。
「うちの紗香がそのパーティで、『もし、うちに女の子が生まれていたら、あの子みたいな子だったと思う』って言ってね。紗香は女の子をものすごくほしがっていたから」
すると、水島社長が膝を打って言った。
「なるほど……お嬢さんは母親似か?うちの清香よりも他人のあっちゃんの方が、紗香ちゃんに似てるからなぁ」
あっちゃんとは田中常務の妻の敦子のことである。そして、水島社長の妻の清香と、上條専務の妻の紗香は姉妹である。
社内結婚した彼らはみんな、あさひ証券に入社したての頃、本店に配属されていた。
「それに、そのパーティで大地がおたくのお嬢さんを見て、たちまち夢中になったみたいでね。お互い大人になった今、ぜひ再会させたいと思ってね」
上條専務の目がギラッと光を放つ。まるで、獲物を見つけた肉食獣のようだ。そういえば、専務は若い頃から狙った商談は必ず自分の思うままにしていたことを思い出した。
田中常務は背筋が寒くなって、ぶるっと奮う。
「あのパーティで君から『娘のおとうさんはおれ一人ですから』って言われたよな?それなら、君の意志を尊重して、大地との結婚後は、私のことを『おとうさん』じゃなくて『パパ』って呼んでもらっても、別に構わないから。紗香も『おかあさん』より『ママ』の方がうれしいかもなー」
——こいつ、なに妄想してやがるっ!? 絶対におまえの息子とは結婚させんっ!!
「……うちの慶人も、つまらん意地を張らないで、収まってくれりゃいいものを。蓉子ちゃんと三年も同じ店内に配置してやってるのに、進展なしとは情けない」
水島社長が深いため息を吐く。
「来年、慶人が本社に復帰するのと同時に、蓉子ちゃんも本社の秘書室あたりに異動させたらどうだ?それとも、同じ部署に配属して蓉子ちゃんに慶人のアシスタントをさせるとか?」
上條専務が策士っぷりを披露する。
——こいつら、息子の結婚でやりたい放題だな。なんで、うちの娘がそれに巻き込まれにゃならんのだ⁉︎
田中常務はゾッとした。身の毛もよだつ、とはまさにこのことだ。
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