政略結婚はせつない恋の予感⁉︎

佐倉 蘭

文字の大きさ
上 下
125 / 128
Last Chapter

土下座で愛の言葉を叫んでます ⑥

しおりを挟む

「……おまえらの世代で、あのじいさんのDNAを一番色濃く受け継いでそうなのは、上條だな」

 将吾が低い声でつぶやいた。

「ヤツはきっと水島より先に、あさひ証券の社長になるな。あの歳で経営企画本部長になるんだ。なにかやりたいことがあるんだろう。そして、それが終われば、後継に水島を指名するんじゃないかな?」

 腕を組んで預言者のように告げる。

「彩乃、そしたらヤツをあさひフィナンシャルへ引っ張ってきて、おまえの弟の裕太がそれなりになるまで社長をさせろ。そして、裕太が社長になったら、会長にして後見役にするんだ」

 確かに、わたしたちよりずっと若い裕太なのに、背負わなければならないのは「本丸」である持株会社だ。
   気心の知れた大地が「後見」してくれるとありがたい。

「もちろん、TOMITAホールディングスとしては閨閥になるわけだから、裕太のことは全面的にバックアップさせてもらうがな」

 ——まぁ、それがわたしと将吾との結婚の本来の目的なんだけれど。

「上條があのじいさんみたいにならないように『親戚一同』で気をつけないとな」

「松濤のおじいさまを手のひらで転がせるくらいの亜湖さんがついてるから、大丈夫よ」
 わたしは、ふふっ、と笑った。

 ——どうやら、わたしもようやく「朝比奈の娘」として一族に貢献できそうだ。


「……あっ」
 突然、将吾が腕を伸ばして指を差す。

「There’s a Japanese doll....」
 〈日本人形がある…〉

 そこには、ガラスケースに入った市松人形が飾られていた。

「亜湖ちゃんに似てるでしょう?……本当は、若い頃に主人がわたくしをモデルにして作らせたものなんだけれど」
 松濤のおばあさまがふっくらと笑った。

「あのときの『Japanese doll』は……上條の奥さんだったんだな」

 将吾は思い出せなかったことをやっと思い出したときの、すっきりした表情をしていた。

「『あのとき』の、って?」
 わたしは犬の目で尋ねる。

「たった一度だけ、おまえんちのNew year’s party に行ったことがある。……十歳くらいのガキの頃だったな」

 ——亜湖さんが来たのは、たった一回だけだ。

 わたしが小学校の三年生のときである。

「……ねぇ、子どもの頃って、今よりも地毛の色が薄かった?」

 わたしはちょっと、声が震えてるかもしれない。

「あぁ、今はカフェ・オ・レみたいな色だけど、昔はミルクティくらいの色だったな」

 将吾は表情をまったく変えずにしれっと言った。

「だから、でっけぇシャンデリアの光のせいで……金髪に見えたかもしれねえな」


「あとは、わたくしがうまくやっておきますからもうお帰りなさい。今日はいいお天気ですもの。これから、デートにでもお出かけしなさいな」
 松濤のおばあさまがそう言ってくだすった。

「香子おばあちゃま、どうもありがとう。おじいちゃまに、よろしくお願いします。……来月の結婚式、お待ちしてます」

 わたしは丁寧にお辞儀した。将吾もわたしにならって頭を下げる。

「えぇ、主人ともども、楽しみにしてますよ」


「……将吾、どうしたのよ、立ちなさいよ」

 わたしは一向に立ち上がろうとしない彼を、横目でいぶかしげに見た。

「彩乃、おまえこそ、早く立てよ」
 将吾がぎろり、とわたしを睨む。

 そして、わたしたちは同時に叫んだ。

「足がしびれて立てないのよっ!」
「足が痺れて立てねえんだよっ!」

 松濤のおばあさまの、ほほほ…という笑い声が、広いお座敷に響いた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

処理中です...