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Chapter 17
雨降って、地固まってます ⑥
しおりを挟む将吾のカフェ・オ・レ色の瞳がわたしを迎えた。
片方の手で、わたしが持っていたハン◯プラスの赤いスーツケースを受け取る。
もう片方の手はわたしと恋人つなぎで、マンションを出た。
エントランス前の駐車スペースに置いていた自社製のワンボックスカーにスーツケースを積み込み、わたしたちも乗車する。
将吾がわたしのヘイゼルの瞳をじっと見る。
キスしてくるかな、と思ったがしてこなかった。
「……メシ、食いに行くぞ」
将吾が前方を見たまま告げる。
トランスミッションはオートマチックだ。ギアをドライブに入れたあと、サイドブレーキを解除して、発進させた。
初めて、二人っきりで食事に出かけるということになる。でも、将吾はディーゼル、わたしはH&Mと、カジュアルな格好だ。
カーステのFMからは八〇年代のAORのナンバー、Atl◯ntic Starrの♪Alwaysが流れていた。
゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜
将吾は神田のコインパーキングにワンボックスカーを駐車した。
そして、神保町の古書街を一本入った路地にある、カウンターだけの割烹料理屋に向かう。
以前、将吾がWeb会議で行けなくて島村さんと二人で行った、ミシ◯ランで星をもらったお店で修行した人が独立して開いたお店だ。
「……リベンジだ」
将吾がつぶやいた。もちろん、わたしの手とは恋人つなぎである。
——やっぱり、相当、めんどくさい人だ。
暖簾の中に二人で入ると、三十代半ばくらいの店主から声がかかった。
「富多さん、いらっしゃい!やっと、彼女さんと……もう、奥さんかな?来てくれましたね」
カウンターの奥にぴったり並んで座る。恋人つなぎは解かれた代わりに、将吾の左手は椅子に座ったわたしの腰に回る。
「とりあえず、生中二つ」
将吾が勝手に頼む。
——ま、最初はいつもビールだけど?
「はーい、生中二つ!」
お店の若衆の威勢の良い返事が返ってくる。
「彩乃、前に茂樹と来たとき、日本酒は呑まなかっただろうな?」
確か、あのときは……わたしは遠い目をして思い返す。
「ほぼ、ビールだったけど……最後に一杯だけ獺◯を呑んだ」
腰に回した手が頭に移動し、こんっ、とやられた。
「おまえ、日本酒呑むと見境なくなるんだから、おれがいるとき以外は絶対呑むなよ」
「……じゃあ、今日は将吾と一緒だから、いいんだ?」
わたしは将吾に身を寄せ、ふふっと笑った。
「おまえ、日本酒呑むと酔ってかわいくなるからな。今日は外苑前の方に帰るぞ」
そして、声を落として、わたしの耳を甘噛みするように囁く。
「……今晩は、覚悟しとけよ?」
「やっぱり、どこが『政略結婚』だって雰囲気じゃないっすかー」
店主がニヤニヤと笑う。
「おまえ、そんなこと言ったのか?」
将吾から、ぎろり、と睨まれる。わたしは肩を竦めた。
——もう、今はすっかり「恋愛結婚」でした。
「どこで知り合ったんですか?」
「ガキの頃、一回会って、大人になって見合いで再会」
将吾がしれっと嘯く。
——ちょ、ちょっと、ウソ言わないでよっ。
「へぇ~、それって、運命じゃないっすかー!」
店主は目を輝かせている。もう、訂正はできない。
将吾はわたしと「幼なじみ」だったらよかったのに、って思ってるのかな?
大人になった今、初めて出逢えたからこそ、こうして結婚できるのに……
——人って……ないものねだりだ。
隣に将吾がいてくれるから、日本酒もどんと来いっ!だ。……と思ったら、安心し過ぎて呑み過ぎた。
わたしたちはお店を出たあとは代行を呼んで、外苑前にある将吾とわたしだけの「新居」のマンションに帰った。
今までビールとワインを中心に呑んできたので、気づかなかったが、わたしと日本酒はどうも相性がイマイチみたいだ。今日も見事に足元を取られてしまった。
誓子さんとオーパスワンを(実は)三本空けたときもここまではならなかった。
将吾に抱きかかえられるようにして、ようやく最上階の部屋にたどり着いた。
゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜
次に気がついたときは、なぜか将吾と一緒にバスルームのバスタブに浸かっていた。
わたしはカラダの力が入らなくて、彼に支えてもらわないと、ぐらぐらだ。将吾は背後から、わたしをすっぽり包むように抱きしめている。
わたしは少しカラダをずらし、彼の顔を見て言った。
「ねぇ……将吾……どうして、キスしてくれないの?」
「……っとに、おまえは、酔ってると……究極にかわいくなるな」
彼は苦しげに息を吐いた。
「将吾……キスして……」
わたしは上目遣いでねだった。
「駄目だ……『お仕置き』だ。今夜は、キスはしない」
——あ、海洋とキスしたの、バレてる。
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