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Chapter 16
ココロまで正直になってます ⑤
しおりを挟む「会社のため、というのが一番大きな理由であることに間違いはない」
将吾は「副社長」の顔で言った。
「我が社の統括システムは脆弱すぎて、一刻も早く改善しなければならない状況だ。なんとしても、早急にその方面の人材を確保する必要があった。……条件に合う優秀な人材であれば、たとえほかにどんな事情があろうと」
わたしはこくり、と肯いた。
「だが……それとは別に」
将吾は「副社長」の顔を外した。
「結婚してから、おまえたちの焼け木杭に火が点いて、おまえにふらふらされちゃ困るからな。……今のうちに、すっかり『鎮火』してもらっておかないと」
そう言って、顔を顰めた。
「……どうして、昔、わたしと海洋がつき合ってたのがわかったの?」
——もしかして、お見合いするにあたって、興信所とかで調べていた、とか?
「水島の挙式のときに、あいつがおまえを、あれだけがっつり見てりゃわかるさ。あいつ一人だけ、正面の新郎新婦に見向きもせず、後方のおまえだけをずーっと見てたんだぜ」
将吾が気の抜けた笑いを浮かべた。
「それに、披露宴のときに、おまえとあいつが、なかなか戻ってこねえしな」
八年ぶりに再会した海洋と、キスをしていたときだ。
「あいつのことが忘れられなくて、おれに最後まで許さないのか、と思った」
将吾は虚ろで寂しげな目をした。
彼にそんな目をしてもらいたくなかった。
海洋がわたしの許から離れたときと同じ目を……将吾だけには、してもらいたくなかった。
——そういえば、将吾も以前、この目をしていたことがあったな。
わたしが子どもは人工授精でもうけたい、と言って揉めたときだ。
『……過去のそいつらが、おまえとセックスできたのに』『夫になるおれは、おまえとセックスできないんだな』
そう言って、将吾はその目をしていた。
「一度だけ……おまえとはもう駄目かな、と思ったことがある」
——きっと……そのときだ。
「でも……おまえを諦められなかった」
将吾はため息とともに、吐くように言った。
「それで、おまえの親に、おまえと同居させてくれるよう申し入れた」
それが、あの結納後のサプライズ(?)になったわけね?
「……どうしても、おまえがほしかった」
将吾の琥珀色の瞳が、わたしをまっすぐに射抜く。
「どうしても、彩乃をおれのもの……おれだけのものにしたかったんだ」
わたしは将吾にしがみついた。
「違うの。……将吾には、海洋のような思いをさせたくなかったの」
わたしの声が震える。
将吾がわたしをぎゅっ、と抱きしめ返す。
「おまえを最後まで抱いて、その理由がやっとわかった……それに」
わたしのオリーブブラウンの髪に、顔を埋めてつぶやく。
「おまえのカラダを思うままに操れて、おまえを思うままに感じさせられるのは……この世でおれだけだってことも、な」
そう自信満々で言ったかと思うと……
「だが、あいつの初出社の日、どこにいるのかわからなかったおまえが、あいつのところにいると知ったときは、さすがに自己嫌悪になるくらい後悔した」
一転して、苦しげに掠れた声に変わった。
「おまえが頭を冷やしたら、おれの話を聞いてくれるだろう、っていう考えが甘かったと思い知らされた」
そして、自嘲気味に笑った。
「……ごめんなさい」
わたしはいたたまれなくて、将吾にしがみついた腕に力を込めた。
わかばちゃんのことを誤解していたとはいえ、海洋と一緒に暮らして、彼にぎりぎりのところまで許してしまったのは事実だ。
勇気を出して、将吾の話をちゃんと聞いていれば……こんなに、拗れることはなかったのに。
——でも……本当に、そうだろうか?
わたしと海洋は、やっぱりここまでしないと気づかなかったのではないだろうか?
やっぱりここまでしないと……もう海洋とは、最後まではできないと……気づかなかったのではないだろうか?
もうとっくに、わたしが身も心も将吾を選んでいたことに……気づかなかったのではないだろうか?
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