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Chapter 16
ココロまで正直になってます ③
しおりを挟む「……やっと、おれの話を聞いてくれる気になったか」
将吾はにやり、と笑った。
そして、わたしをぐっと腕の中に引き入れて、まるでよしよし、とするかのように頭を撫でた。
——えっ?
「おれが話をしようにも、おまえは逃げ回ってばかりいただろ?それに、そんなおまえにいくら弁解しても、疑って信じてくれないだろう?」
——うっ。
「あれは、わかばの『自爆テロ』だ。あいつがおれを好いてくれているのはわかっていたが、おれにとっては『妹』っていうより『姪っ子』くらいの感覚だな」
そういえば……以前『副社長が好きです!』と告白りながら突撃してくる「自爆テロ」の話をしていたな。
「彩乃の部屋で物音がしたから、もう帰ってきたのかと思って行ったら、わかばがベッドメーキングしていて、いきなり押し倒された」
わかばちゃんはああ見えて、実は合気道の有段者なのだそうだ。
たぶん、VIPである将吾になにかあったときにボディガードできるように、護身術を習ったんだろう。
「……なにか長い棒でもあったら、防げたんだけどな」
将吾が渋い顔でぽつり、と言った。
なんでも、学生時代にフェンシングをやっていて、オリンピックの強化選手に選ばれそうになったくらいの腕前だそうだ。
「見合いのときの釣書に書いてあっただろ?」
将吾が横目で、じろりとわたしを見た。
——釣書なんて、ろくに見ていなかった……
それにしても……わかばちゃんは本当に、海洋を好きだった頃のわたしにそっくりだ。
彼女が将吾を押し倒したときの切羽詰まった気持ちは、中学生のわたしが高校生だった海洋の理性をぶっ飛ばしたキャミとショーパンを身に着けたときと同じだ。
将吾が島村さん一家の話をしてくれた。
そもそも……お母さんの静枝さんと将吾のお父さんは、中学校の同級生だったらしい。
「実は、静枝さんは親父の初恋の相手で初カノだ。おふくろには絶対に言うなよ。ヤキモチ焼きでめんどくさいからな」
静枝さんは大人になり結婚して、島村さんを産んだが、ご主人を病気で亡くしてしまった。
その後、知り合った人と再婚して、わかばちゃんを産んだ。
その再婚相手が——初婚でかなり歳下だったらしい——どういうわけか働かなくなって、実子でない島村さんに暴力を振るうようになった。
たまたま、同窓会で再会した将吾のお父さんが事情を知り、家族三人とも家に連れて帰り、静枝さんにはハウスキーパーとして働いてもらうことになった。
そして、速攻で弁護士を立てて、離婚を成立させたという。
当時、島村さんは中学生、わかばちゃんはまだ三歳だった。
「茂樹は世にも暗いガキでさ。目に絶望感が漂ってたな。わかばも他人に警戒して、はじめは一言も喋らなかった」
そんな島村さんとわかばちゃんが徐々に、将吾に心を開いていった。
「おれはアメリカの学校に行ってたから、たまに帰国するのを楽しみに待っててくれて、一人っ子のおれは兄妹ができたみたいでうれしかった。わかばにはいろいろ土産を買って帰ったな」
将吾からのお土産を心待ちにしていたであろうわかばちゃんの顔が、目に浮かぶ。
「……おれは、わかばを三歳の頃から見てるんだぞ。十歳以上も離れてるし、オンナになんて見えるわけないだろ?」
将吾は宥めるような甘い声でそう言って、わたしの額にちゅっとキスした。
「あんなに小さかったわかばが、いっぱしの顔して静枝さんと食事の用意とかしてるのを見てるとさ、皿でも割るんじゃないかって危なっかしくて見てらんねえくらい、おれにとってはガキなんだよ」
その気持ちが、あのチーズみたいに「蕩けるような笑顔」ってわけ?
確かに……おじいちゃんが孫娘を、飼い主が愛しのペットを……見るような笑顔に見えなくもないけれど……
「だけど、将吾はわかばちゃんにネックレスを買ってあげたじゃん。それも、わたしがママとウェディングドレスを選びに行った日に。ゴルフに行くってウソついて……」
わたしは話しているうちに、腹が立つというよりも、なんだか悲しくなってきた。
将吾は「なぜ、おまえ、そのことを……」という顔で呆然としている。
「……もう、いいよ」
今度こそ、わたしは将吾の腕から離れて起き上がろうとした。
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