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Chapter 15
心よりカラダが正直になってます ⑦
しおりを挟む前庭に設けられた来客用の駐車スペースに、将吾さんのマセ◯ティのグランカブリオが停まっていた。
濡れたように艶やかな漆黒のボディに、ひときわ冴える真紅のシート、そしてホイールのピカピカ輝く銀色が朝陽に反射して眩しい。
——まさか「彼のクルマ」の助手席に初めて座るのが「最後」の日になろうとは……
だけど、そんな感傷的な気分を嘲笑うかのように、マセ◯ティは唸りを上げてエンジンを回転させて発進し、路上に出た。
——なんて近所迷惑な音を出す車なの?
見た目には申し分ない車だが、向こう三軒両隣で生息されるのだけは御免被りたい。
「……ねぇ、将吾さん、どこへ行くの?」
将吾さんはなにも言わず、ただ前方を見つめてハンドルを操作していた。
マセ◯ティは環八通りをしばらく走ったあと、用賀ICから首都高三号線に入った。渋谷方面へ行く道だ。
ということは……代々木上原のわたしの実家に、送っていくつもりなのだろう。
カーオーディオからはのヘレン・メ◯ルの♪You'd Be So Nice To Come Home Toが流れていた。
ところが、マセ◯ティは下りるはずの池尻ICを通り越して行った。どうやら、わたしの実家に行くわけではないようだ。
考えてみれば、もしわたしの実家に行くのであれば、環八をさらに北上して首都高四号線で新宿方面へ向かうルートの方が行きやすい。
となると、この先にある麻布方面……つまり、将吾さんの実家かな?
しかし、わたしの予想はことごとく外れ、マセ◯ティは渋谷で首都高から下りて、青山通りに入って行く。
それから、見たことのないタワーマンションの地下の駐車場で停車した。
——ここは、どこ?
「……なにしてる?早くシートベルトを外せ」
いつの間にか、ナビシートに回った将吾さんがドアを開けて待っている。
わたしはあわててシートベルトを外し、将吾さんの手をとってマセ◯ティから下りた。
わたしたちはエレベーターで、駐車場から最上階まで上がった。
エレベーターが開くと、将吾さんは二つある豪華な装飾の扉の片方へ歩いて行き、解錠した。
そして……わたしを中へ促した。
広くて立派な玄関だった。床は大理石だ。目の前に伸びる廊下の両側には、収納スペースとおぼしき扉がずらりと並んでいる。
「こっちの方は、パーティルームだ」
そう言って、将吾さんは靴のまま、ふかふかしたカーペットが敷きつめられた廊下を歩いていく。
——そうか、この両脇の収納スペースはお客様のコートなどをお預かりするためのものなのね。
将吾さんが、廊下の先にある観音開きの瀟洒な扉を開け放った。そこには、五十帖はあろうかという空間が広がっていた。
しかし、そこはまさに「空間」で、造り付けのキッチンが奥にあるだけで、ほかにはなにもなかった。
とはいえ、そのキッチンは見るからに「業務用」のステンレス仕様で、パーティの際に料理人に出張してもらうことを前提にした造りだった。
——きっとここは、会社が使おうとしている、外国のお客様のために開くパーティ専用の部屋なんだわ。
将吾さんはさっさと部屋の奥へ進んで行く。
——どうして、将吾さんは、こんなところにわたしを連れてきたのだろう?
パウダールームなどがある、さらにその奥へ進んだ将吾さんは、そこにあった扉を解錠した。
するとそこは、がらりと雰囲気が変わった空間だった。
なにも置いていない「空間」であるには違いないが、将吾さんはそこで靴を脱いだ。わたしも倣ってブーティを脱ぐ。
そして、ウォーキングクローゼットとパウダールームを抜けて、ある部屋に入った。
その部屋にだけはたった一つ、家具があった。ベッドだった。
……それも、キングサイズの。
「こっちの方はプライベートルームだ」
将吾さんがひさしぶりに口を開いた。
ということは……ここは「プライベートルーム」の「ベッドルーム」ということか。
……って、だれの?
わたしは犬のような目で将吾さんを見た。気分はパトラッシュだ。
「……彩乃」
将吾さんが静かにわたしを見た。
「最低なことを言っていいか?」
——あっ、最後にわたしのことを罵るわけねっ。
海洋と一緒に暮らしてたわたしを、きっと「アバズレ女」扱いするに違いないっ!
わたしは身構えた。
すると、将吾さんは静かにわたしに告げた。
「おまえを、今すぐここで……最後まで抱きたい」
それは、最後に……わたしたちが「婚約者」だった記念に……っていうこと?
——そんな……あなたの好きなわかばちゃんを裏切るようなこと、していいの?
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