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Chapter 15
心よりカラダが正直になってます ①
しおりを挟むマンションに着いた。支払いを終えて、エントランスに入って行く。
「……朝比奈さま、大丈夫でございますか?」
酔いが回って、覚束ない足取りになっているわたしを、コンシェルジュの彼が駆け寄ってきて支えてくれる。
「あ…ごめんなさい」
エレベーターに乗せて、部屋の前へ連れて行ってくれて、インターフォンまで押してくれた。
すでに海洋が帰宅していて、わたしを引き渡す。
わたしは部屋の中に入った。
「……ずいぶん呑んでるな」
海洋が顔を顰めた。
わたしはセル◯オ・ロッシのブーティを脱ぐために屈もうとして、途端によろける。海洋が、上からふわりと支えてくれた。
「あ…ごめん」
見上げたら、海洋の顔が目の前にあった。
彼が一つ息を吐き、わたしの足元にしゃがむ。そして、ブーティのジッパーを下げ、片方ずつ脱がしてくれた。
「あ…ありがと」
抱えられるようにして、リビングへ向かう。今のわたしは、千鳥足のお手本になる足取りだ。
リビングに入って、ダークブラウンの本革のソファに座らされた。シワになるとイヤなので、アクア◯キュータムのコートと、ブルッ◯スブラザーズのワンピとセットのジャケットを脱ぐ。
海洋がアイランドキッチンの向こうにある冷蔵庫から、エビ◯ンのボトルを持ってきてくれた。目の前でキャップを外してくれて、渡される。
「炭酸がよければサンペ◯グリノがあったぞ。それとも、ペ◯エのレモンの方が口の中がさっぱりするか?」
わたしは首を振った。
「ありがと。……エビ◯ンでいい」
エビ◯ンをごくごく…と呑んだ。
別に頭が痛いとか吐き気がするとかいうのはいっさいなく、ただ喉がすっごく乾いて、世界がぐるぐる回っていた。
海洋が隣に腰かけた。ニューバ◯ンスのスウェットを着た彼はもうシャワーを浴びたらしく、濡れた髪が生乾きになっていた。
「海洋、ちゃんと髪を乾かさないと風邪ひいちゃうよ?」
海洋がソファの背もたれの上に肘を乗せ、頬杖をついてわたしを見た。
「……彩、なにがあった?」
思えば、わたしが海外旅行のときのスーツケースと国内旅行のときのキャリーバッグの両方に荷物を詰め込んで、このマンションに突然やってきた日から今日まで、海洋はなにも尋ねてこなかった。
——なぜ、今さら?
「おまえが酔っ払ってるからさ」
——わたしだって、酔いたいときくらいあるわよ。
「将吾さんのお母さまにお寿司に連れてってもらったの」
海洋は「なんだおまえ、向こうとうまくいってたのかよ?」という顔をした。
「結婚式の引き出物の発送のことだったんだけど……」
——それも「口実」だったみたいだけど……
「……発送しないことになった」
海洋の目が見開かれる。表情がわかりにくい方なのに、今日はめずらしく「饒舌」だ。
「結婚が取りやめになったってことか?」
わたしは肯いた。
すると、次の瞬間……海洋に思いっきり抱きしめられていた。
——ど、どうして⁉︎
それでなくても、世界がぐるぐるしてるっていうのに。
「……もう、我慢しないからな」
海洋が、わたしの耳元で低い声でつぶやいた。
そして、身を離したかと思うと、わたしをソファから抱き上げた。お姫さま抱っこだ。
「ちょっ……ちょっと、海洋!?」
焦ってじたばたするわたしに顧みず、海洋はマスタールームへと向かう。彼が「寝室」として使っている部屋だ。
わたしをお姫さま抱っこしてるにもかかわらず、海洋は器用にマスタールームのドアを開ける。
わたしは無駄な抵抗をしたおかげで、ますますぐるぐるのカオスの世界だ。
部屋の中に入ると、海洋はわたしのワンピの背中のジッパーをシュッ、と下げた。そして、すとんと、ワンピを床のラグに落とす。
キャミソールと下着だけの姿になった。
海洋はブランケットを捲って、わたしの身体をダブルベッドに横たえた。すぐさまわたしの身体を跨いで、すっぽりと覆った。
わたしの頬を両手で包み込み、
「……彩……好きだ。アメリカに行っても、おまえのことは忘れられなかった」
熱を孕んで潤んだ、漆黒の瞳で見つめる。
あの頃にはなかった、大人の男としての色気が溢れんばかりに匂い立つ。
海洋の顔が近づいてくる。
わたしは……目を閉じた。
あの人が、とうとう言ってくれなかった言葉を……
——この人は、ちゃんと言ってくれる。
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