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Chapter 14
同居する相手が変わります ②
しおりを挟む「多岐にわたる業種を抱えている持株会社にもかかわらず、それを統括するシステムがあまりにも脆弱です」
率直に、海洋が副社長に告げた。
「まさに、そこがうちの弱点なんだ。ずっと気にはなっていたんだが、社内でその方面に明るい適切な人材がなく、なにしろ会社の根幹に関わることだから、迂闊に外部から招くわけにもいかない。実は前々からその方面に詳しい水島 慶人氏に打診していたのだが、四月からあさひ証券の本社のITシステム本部長に就任して社内の大改革を行うので、とても手が回らないと断られた。だが、彼から君が四月までに学業を終えて帰国することを聞いた。君の兄の朝比奈 太陽氏のことも知ってるし、私の婚約者の彩乃とも親戚だ。……それで、今回お願いすることにした」
副社長が経緯を説明した。
「……まさかアメリカにいる僕に、専門のエージェンシーに頼らず、副社長が直々にヘッドハンティングの電話をかけてこられるとは思いませんでした」
海洋が片方の口角を上げて苦笑する。
だけど、フットワークの軽い副社長——将吾さんならあたりまえのことだ。
「私も君が二つ返事で引き受けてくれるとは思わなかった。君はアメリカで学生生活を送る身とはいえ、あさひJPN銀行の執行役員でもあるし、交渉には時間がかかるだろうと思っていた」
将吾さんが海洋を鋭く見据えた。
「僕の方にもちょっと急がねばならない『案件』が発生していたので、あなたの話は渡りに船でした」
海洋も将吾さんを正面から見返した。
「またアメリカに、とんぼ返りするんじゃなかったの?」
社外取締役という「上司」に対しての敬語なんか、吹っ飛んでいた。
「MITの博士が取れた。もともとこの四月には銀行に戻るつもりだったが、それが三月になった。ここ数週間の不眠不休の成果だ」
どうやら、海洋お得意の「集中力」を存分に発揮して、一ヶ月前倒しで博士課程を修了させたらしい。道理で、昨日一日中寝倒していたわけだ。
MIT——マサチューセッツ工科大学の大学院では、認められれば別に六月ではなくても修了できるとのことだ。卒業のセレモニーが六月にあるというだけだ。
「TOMITAの社外取締役って!? 海洋、あさひJPN銀行はどうするのよっ!?」
八年もアメリカの大学に通わせてくれた銀行だ。しかも、頭取の息子という御曹司だ。
「そっちがメインなのには変わりはない。だから『社外』取締役なんだろうが。……だが話を聞く限り、こちらの方があまりにもお粗末だから、当分はこっちの方にかかりきりになるかもしれないな」
まさか……『彩……もう少し、待っていてくれ』っていうのは……
——もうすぐ帰国するから、ってことだったの?
それから、海洋は将吾さんと中断していた仕事の話を再開させた。
なので、前室に下がるために一礼をしようとしたら、
「ちょっと副社長、失礼します」
そう言って、海洋がわたしの方に振り向いた。
「彩、今夜は豚の生姜焼きをつくっておいてくれ」
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