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Chapter 12
ヒミツの隠れ家に逃げます ①
しおりを挟む二月になった。
「二八」といって、二月と八月は企業の売り上げが落ちる俗説があるが、将吾さんは年度末に備え、相変わらず超多忙であった。
さらに、四月末から五月上旬にかけてのわたしとの結婚による休暇を確保しなければならないため、かなり前倒しで処理せざるを得ない。
わたしは副社長である彼の専属秘書として、得意先のお偉方との商用などに同席する機会が増えた。
とても自分には務まらないと思っていたが、お会いするお偉方はわたしが幼い頃から「朝比奈一族の新年パーティ」で見知っている方々ばかりだった。
だから、「佐藤会長」や「鈴木社長」などとお呼びした日には、
『彩乃ちゃん、みずくさいなぁ。「佐藤のおじちゃま」でいいんだよ?』
『彩乃ちゃんが「鈴木のおじちゃま」って呼んでくれないと、もうこの会社には来ないからね?』
と、拗ねられてしまう。
普段、仏頂面で「この若造がどこまでやれるか、お手並み拝見」的な態度をとられている将吾さんは苦笑するしかない。
でも、『こんなことなら、もっと早く彩乃を「デビュー」させときゃよかったな』とゴチてもいたが。
——なんだか、結婚しても専属秘書を辞めさせてくれなさそうだな。
こういうような意味でも「政略結婚」する意義があるのだろう。
結婚式と披露宴を二ヶ月後に控えるようになってくると、今までこんなにのんびりしてて大丈夫?と思ってたのが幻だったかのように、いろんなやるべきことが出てくる。
わたしたちの場合、招待客や料理および引き出物などは会社関係でやってくれるのでいいとして(言い換えると、好き勝手にはできないということだが)さすがにウェディングドレスやタキシードは自分たちで選ばねばならない。
しかし、「二月は逃げる」というように、あっという間に月半ばになった。
月末には、再従兄の大地の結婚披露宴に出席しなければいけない。
仕方なく、わたしはこの週末、所用で行けない将吾さんの代わりに、母親と一緒にウェディングドレスの試着に行った。
婚約指輪を、将吾さんの秘書である島村さんと選びに行ったときにはいい顔をしなかったわたしの家族も、彼の人となりを知るにつれ、逆に『彩乃が一人でできることは将吾さんの手を煩わせてはいけない』と言うようになっていた。
とはいえ、ウェディングドレスを選ぶのに母親を連れてきたのは思いがけない「親孝行」になった。
初めはオーダーでと思っていたのだが、日もないことだし、一回しか着ないのにその後ずーっと捨てられない代物なのがどうにも厄介で、結局、新品のものをレンタルすることになった。
そのおかげで、一人娘の(たぶん)一生に一回の晴れ舞台を彩るドレスを『ウェディングドレスはこれがいいわねぇ』『カラードレスはあれもいいんじゃない?』と嬉々として選んでいる母親の姿を見ることができた。
゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜
ドレスを試着していたショップを出ると、母親がデパートで買いたいものがあると言うので、タクシーに乗るほどでもない距離のため、歩いてそちらへ向かうことになった。
大通りの交差点で信号待ちをしていたら、ふと母親が、首を伸ばすようにして遠くを見ながら言った。
「……ねぇ、彩乃。あれ、将吾さんじゃない?」
母親の視線の先へ目を送ると、ひときわ目立つ長身の男性が、道路を渡った先の横断歩道を左から右の方向へ歩いていた。
その人は、隣に小柄な女の子を連れていた。
彼女は男性の腕に手を絡ませていた。
彼らは横断歩道を渡りきり、こちらから見て対角線上のところで雑踏の中へ消えて行った。
「……ママ、目が悪くなったんじゃない?全然、違うわよ。似てもいないし」
「そうお?」
母親はまだ腑に落ちない顔をしている。
「ママ、信号が青になってるよ」
わたしは母親を急かした。
母親は、見間違ってなどいなかった。
横断歩道を渡っていた二人は……
——将吾さんと、わかばちゃんだった。
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