政略結婚はせつない恋の予感⁉︎

佐倉 蘭

文字の大きさ
上 下
73 / 128
Chapter 12

ヒミツの隠れ家に逃げます ①

しおりを挟む
 
 二月になった。

二八にっぱち」といって、二月と八月は企業の売り上げが落ちる俗説があるが、将吾さんは年度末に備え、相変わらず超多忙であった。

 さらに、四月末から五月上旬にかけてのわたしとの結婚による休暇を確保しなければならないため、かなり前倒しで処理せざるを得ない。

 わたしは副社長である彼の専属秘書として、得意先のお偉方との商用などに同席する機会が増えた。
 とても自分には務まらないと思っていたが、お会いするお偉方はわたしが幼い頃から「朝比奈一族の新年パーティ」で見知っている方々ばかりだった。

   だから、「佐藤会長」や「鈴木社長」などとお呼びした日には、
『彩乃ちゃん、みずくさいなぁ。「佐藤のおじちゃま」でいいんだよ?』
『彩乃ちゃんが「鈴木のおじちゃま」って呼んでくれないと、もうこの会社には来ないからね?』
と、拗ねられてしまう。

 普段、仏頂面で「この若造がどこまでやれるか、お手並み拝見」的な態度をとられている将吾さんは苦笑するしかない。
 でも、『こんなことなら、もっと早く彩乃を「デビュー」させときゃよかったな』とゴチてもいたが。

 ——なんだか、結婚しても専属秘書を辞めさせてくれなさそうだな。

 こういうような意味でも「政略結婚」する意義があるのだろう。

 結婚式と披露宴を二ヶ月後に控えるようになってくると、今までこんなにのんびりしてて大丈夫?と思ってたのが幻だったかのように、いろんなやるべきことが出てくる。

 わたしたちの場合、招待客や料理および引き出物などは会社関係でやってくれるのでいいとして(言い換えると、好き勝手にはできないということだが)さすがにウェディングドレスやタキシードは自分たちで選ばねばならない。

 しかし、「二月は逃げる」というように、あっという間に月半ばになった。
 月末には、再従兄はとこの大地の結婚披露宴に出席しなければいけない。

 仕方なく、わたしはこの週末、所用で行けない将吾さんの代わりに、母親と一緒にウェディングドレスの試着に行った。

 婚約指輪エンゲージリングを、将吾さんの秘書である島村さんと選びに行ったときにはいい顔をしなかったわたしの家族も、彼の人となりを知るにつれ、逆に『彩乃が一人でできることは将吾さんの手を煩わせてはいけない』と言うようになっていた。

 とはいえ、ウェディングドレスを選ぶのに母親を連れてきたのは思いがけない「親孝行」になった。
   初めはオーダーでと思っていたのだが、日もないことだし、一回しか着ないのにその後ずーっと捨てられない代物なのがどうにも厄介で、結局、新品のものをレンタルすることになった。

 そのおかげで、一人娘の(たぶん)一生に一回の晴れ舞台を彩るドレスを『ウェディングドレスはこれがいいわねぇ』『カラードレスはあれもいいんじゃない?』と嬉々として選んでいる母親の姿を見ることができた。


゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


 ドレスを試着していたショップを出ると、母親がデパートで買いたいものがあると言うので、タクシーに乗るほどでもない距離のため、歩いてそちらへ向かうことになった。

 大通りの交差点で信号待ちをしていたら、ふと母親が、首を伸ばすようにして遠くを見ながら言った。

「……ねぇ、彩乃。あれ、将吾さんじゃない?」

 母親の視線の先へ目を送ると、ひときわ目立つ長身の男性が、道路を渡った先の横断歩道を左から右の方向へ歩いていた。

 その人は、隣に小柄な女の子を連れていた。
 彼女は男性の腕に手を絡ませていた。

 彼らは横断歩道を渡りきり、こちらから見て対角線上のところで雑踏の中へ消えて行った。


「……ママ、目が悪くなったんじゃない?全然、違うわよ。似てもいないし」

「そうお?」
 母親はまだ腑に落ちない顔をしている。

「ママ、信号が青になってるよ」
 わたしは母親をかした。

 母親は、見間違ってなどいなかった。

 横断歩道を渡っていた二人は……

 ——将吾さんと、わかばちゃんだった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...