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Chapter 11
彼のお部屋で疑心暗鬼になってます ③
しおりを挟む『彩乃、何の話だ?おれは誓子さんをフッた覚えはないぞ。五年ほど前に見合いして……おれの方が断られたんだ』
「ええぇーっ!?」
わたしは大声で叫んだ。
『うるさいっ!おれの鼓膜を破壊する気かっ!?』
わたしは驚きのあまり、将吾さんからいろいろされてることもそんなに気にならなくなった。
『本当だ。……当時はまだ社長と言っても親父の会社の子会社の、実績もさほど上がっていない新興の会社で、とても誓子さんのような大橋コーポレーションの社長令嬢を嫁にもらえる立場じゃなかったんだ』
——「自由気ままな次男坊のケンちゃん」としか見ていなかったけれど、イヤな思いもしてたんだね。
『断られたときは悔しくてさ。もし、親会社の萬年堂を継ぐ兄貴の立場だったら断られることもなかったのに、と何度も思ったけど、せっかく設立した自分の会社だし、がむしゃらにがんばって今の業績まで伸ばしたんだ。……だから、今となってはこれでよかったと思っている』
——現在は、老舗でも伸び悩んでいる「萬年堂」より、時流に乗った「ステーショナリーネット」の方が若い人たちには認知されてるもんね。
『今日さ、ひさしぶりに誓子さんに会ったら、やっぱりおれ、あの人を諦めたくないな、って思ってさ。……おれにとってはすっげぇ「高嶺の花」だけどな』
——ちょっと前までの「誠子さん」ならおススメできなかったけれど、今の「誓子さん」ならぜひケンちゃんがしあわせにしてあげてほしいと、心から思う。
『……彩乃、協力してくれるか?』
初めて聞く、ケンちゃんの真剣な声音だった。
「いいよ、わかった……じゃあ、今度ケンちゃんが会社に来たときに、L◯NEができるようにするね」
わたしは快諾すると、
『サンキュ、彩乃……恩に着る』
ケンちゃんが礼を述べたのを聞いてから、ピッ、とケータイを切った。
「もうっ、将吾さんっ!人が電話してるときにっ⁉︎」
わたしが怒って彼の方へ振り向くと、
「……彩乃、おまえ、葛城社長とL◯NEができるようにするのか?」
さらに怒った顔をした将吾さんが、そこにいた。
「あいつは、おまえが枕を並べて合意の上に同意したヤツらの一人なんだろう?」
——はい?なんでそうなるわけ⁉︎
しかも、その文言よく覚えてるなぁー。
「彩乃……なんであいつとはできて、おれとはできないんだ?」
将吾さんがカフェ・オ・レ色の瞳をせつなげに揺らし、苦しそうに言った。
「ケンちゃんとは、なんでもないから」
この前、キスしてしまった海洋とは合意の上の同意で枕を並べたことがあるけれど、ケンちゃんとは一切そのようなことはない。キスすらないんだから。
「将吾さん……わたしを信じて」
わたしは手を伸ばし、彼の柔らかいダークブラウンの髪を撫でた。最近忙しくてヘアサロンに行けてないから、根元の方が少しだけ地毛のカフェ・オ・レ色になっていた。
——逆プリンだな。
そう思ったら、笑けてきた。
すると、将吾さんがこんなときによく笑えるな、という激怒りの顔になった。
——あぁ、ごめんなさい。
わたしは将吾さんの胸に飛び込んだ。
たちまち身体を反転させられ、彼がわたしの馬乗りになる。
「ケンちゃんが想いを寄せてるのは、誓子さんだから」
わたしは将吾さんを見上げて言った。
「……『ちかこさん』?だれだ、それ?」
将吾さんが顔を顰める。
「あ…それはね……」
わたしが説明しようとすると、
「待て……あとで詳しく聞くから」
そう言って将吾さんはくちびるで、わたしの口を制した。同時に、すでに露わになっていたわたしの乳房の先端を指でやさしくなぞり始めた。
「……ぁあ……んっ……」
ようやく、ガマンしていた声が出せる。
誓子さんのことはあとでいい……と、わたしにも思えるようになってきた。
だけど……将吾さんがベッドの上でわたしを見下ろす目は、捕らえた獲物を決して放さない、獰猛な肉食獣みたいだった。
わかばちゃんを見つめる、まるで陽だまりのような、やさしくて柔らかな目とは、あまりにもかけ離れていた。
——将吾さんは「政略結婚」のためには、こんなにもわたしを逃したくないんだ。
そう思いながら、身を任せて、身を震わせて、今まで出したことのないほどの嬌声を上げた。
それでも、やっぱり……最後までは許さなかったけれど。
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