政略結婚はせつない恋の予感⁉︎

佐倉 蘭

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Chapter 11

副社長の専属秘書の仕事やってます ③

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 七海ちゃんがコーヒーを淹れてくれて、誓子ちかこさんの話を聞くスタンバイはOKだ。
 もう、今日は——ほんとはダメだけど——仕事どころではない。

「……で、どうして『誓子さん』だったのに『誠子さん』なんですか?」
 七海ちゃんが身を乗り出す。

「何回もお見合いしたけど、全然決まらなくて。母親が『名前が悪いんじゃないか』って言い出して、姓名判断でみてもらったら十六画がいいってことで今の名前をつけてもらったの。それに『誓う』って漢字なのになかなか『ちかこ』って読んでもらえなかったし、変えてみてもいいかな、って思って」

 誓子さんはふうーっとため息をついた。

「でも……結局、なぁーんにも変わらなかったわ」

「ケンちゃ……葛城さんとは知り合いですか?」
 わたしはコーヒーにミルクを入れながら尋ねた。

「謙二さんは、初めてお見合いしたときの相手だったの。まだ、わたしが二十四、五歳だったわ」

 ——へぇ、そうだったんだ。

「それで、誠子さ……じゃなくて、誓子さんから断ったんですか?もったいなーいっ!ステーショナリーネットの若社長ってイケメンで、テレビにも出てる有名人じゃないですかぁ」

 七海ちゃんが無邪気に身悶えた。この子にはこんなふうにしても、なぜかまったくイヤミにならない羨むべき才能がある。

 (株)ステーショナリーネットは、ここ五年ほどで急成長していて、マスコミでも話題になる会社だった。

「わたしが断ったんじゃなくて、向こうに断られたのっ」

 ——ケンちゃん、大橋コーポレーションの社長令嬢を袖にするって、勇気あるなぁ。

「初めてのお見合いがそんなハイスペックな人だったでしょ?それからのお見合いでは、なんだか見劣りしちゃって」

 家柄も良く和風美人でモデル並みのスタイルの彼女が、ここまでお見合いがうまくいかないっておかしいもんなぁ。

 ——つまり、ケンちゃんのことが今でも引っかかってるってこと?


「……彩乃、七海」

 誓子さんがわたしたちを見た。

「わたし……人事部へ行って、戸籍どおりの名前で扱ってくれるようにしてもらうわ」

 そして、ふっくらと微笑んだ。
 今まで見た彼女の中で、一番リラックスして、ありのままの、やさしい笑顔だった。

 ——いい傾向と対策だ。


「あの……彩乃さん、お昼休憩に聞きたくて訊けなかったことなんですが。今後の参考にしたいなぁと思って訊きますけど」
 七海ちゃんが上目遣いでおずおずと尋ねてくる。

 ——同性のわたしでもかわいい~って思えるから、お見合いの相手もきっと堕ちるだろうな。

「副社長って、海外の血が入ってるじゃないですか?……やっぱり、二人っきりのときは日本人の男性ではこっ恥ずかしくて絶対言えない、きゅん♡ってさせてくれるような甘々な言葉を言ってくれるんですよね?」

「はぁ!?」
 わたしは素っ頓狂な声を上げてしまった。

「な…ない、ない、ないって」
 目の前で手のひらを全力で振って否定する。

「彩乃、顔が真っ赤になって。……それが答えになってるわよ」
 誓子さんが呆れたように言った。

「いやいやいや……本当にないんですって」

 そういえば、甘々な言葉どころか、普通の日本男子ですら言うようなことも言われたことないぞ。
「好き」も、「愛してる」も、プロポーズの言葉すらなかったんだから……

 ——将吾さんはわたしのこと、本当はどう思ってるんだろう?

 やっぱり、会社の今後のために、わたしとの「政略結婚」を成功させたいだけじゃないのかな……?

 わたしの赤かった頬が……いつの間にか、青ざめていった。

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