64 / 128
Chapter 10
酔った勢いで素直になってます ③
しおりを挟む部屋の中はフロアライトのムーディーなオレンジの灯りだけだった。
将吾さんがわたしの部屋でのように、ベッドスプレッドとブランケットを捲って誘ってくれる。
「……お邪魔します」
わたしがそう言うと、ノートPCとブルーライトカットの眼鏡をサイドテーブルに片していた将吾さんがくくっ、と笑った。
——だって、このベッドでは初めてなんだもん。
わたしはベッドに入って、将吾さんの隣に座った。将吾さんが、してやったりのドヤ顔でニヤリと笑う。
「ようこそ……おれのベッドへ」
そして、わたしをすっぽり包み込むように抱きしめた。
こんなことされたら……悪口も、文句も、なにも言えなくなっちゃうじゃん。
——いや、素直になりましょう。
わたしは、こうしてほしくて来たのだ。本当は、今日は一人で眠りにつきたくなかったのだ。
そう、今夜こそ……こんなふうに将吾さんに抱きしめられて、眠りたかったのだ。
——あれ?
わたしはあることに気づいた。
あんなにわたしとのキスが好きな将吾さんが、今日は一度もしてこないのだ。
わたしは彼の顔を仰ぎ見た。
——どうして、今夜は一度もキスをしないの?
そう思った瞬間……わたしの方から将吾さんに、ちゅっ、とくちびるを重ねていた。
そういえば、今まで自分から男の人にキスをするのは、ちょっと記憶にない。
海洋とのときだって、あいつは剣道バカの朴念仁だったから、こちらから甘いムードを仕掛けるっていうふうにはなれなかったし。
だけど、将吾さんには幾度か、自分からキスをしていた。
「……っとに、酔った彩乃は」
将吾さんは目を細めた。
そして、わたしをくるんと反転させて、ベッドの上に押し倒した。
「素直になって……かわいいな」
将吾さんから、貪るようなキスが降ってくるのを期待……じゃなくて「覚悟」した。
——が、なにもなかった。
将吾さんは、わたしを見つめたままだった。
それどころか……
「……今日、同じテーブルだったおまえの親戚の上條ってヤツのさ」
——はぁ? なんで突然、大地の話?
「ヤツの奥さんをさ。……どっかで見たことがあるはずなんだが、どうしても思い出せないんだ」
将吾さんは、もう少しで思い出せそうなのにできないでいるときの気持ちの悪い顔をしていた。
——なんで、こんなときに亜湖さんのことを思い出してんのよっ。
確かに、亜湖さんは日本人形のように美しくて儚げだから、外国の血が入った人には特に魅力的かもしれないけどもっ!
わたしは明らかにムッとした顔になった。
将吾さんはまた満足げに、してやったりのドヤ顔になった。
下から将吾さんの顔を見上げる。
——どうして、今夜は一度もキスをしてくれないの?
きっと今のわたしは不安げで、そして、焦れたように乞う表情になっているはずだ。
将吾さんのカフェ・オ・レ色の瞳が……その眼差しが……溢れんばかりの艶っぽい色気を湛えて、次第に熱を帯びた琥珀色に変わっていく。
なのに……将吾さんがくちびるを落とした先は、わたしの耳だった。
ちゅっ、と音をさせてから、わたしの耳たぶを甘噛みした彼が囁いた。
「お仕置きだ……今夜はキスはしない」
——えっ、バレてる?海洋とキスしたこと、知ってるの?
わたしは目を見開いた。
「キス以上のことはしていないようだけどな?どこにも『印』はついてないみたいだし」
もしかして……普段は入ってこないわたしのパウダールームで、セミアフタヌーンドレスを脱がせたのは……その「確認」のため?
「ご…ごめんなさい」
わたしは正直に謝った。
すると、とたんに将吾さんの顔が不機嫌になった。
——ま、まさか……カマをかけられた?
0
お気に入りに追加
166
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。


愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
【完結】「私は善意に殺された」
まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。
誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。
私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。
だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。
どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿中。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる