政略結婚はせつない恋の予感⁉︎

佐倉 蘭

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Chapter 10

酔った勢いで素直になってます ②

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「おめでたい席の途中で失礼するのは心苦しいのですが、彩乃はおれが連れて帰ります」
 将吾さんがテーブルの人たちに告げた。

「いいよ、いいよ、富多。どうせ、もうそろそろお開きの時間だ」
 太陽が苦笑しながら言った。「花嫁の兄」からのお許しが得られた。

「悪いな、朝比奈」
 将吾さんが太陽に顔を歪めて謝る。

「裕太君、悪いけど、お義父とうさんとお義母かあさんによろしく言っといてくれ。……こいつのこの状態はちょっと見せられないから」

 裕太はこくこくっ、と肯いて、
「了解っす!……すいません、将吾さん、姉貴がこんなんで」
 ぺこっと頭を下げる。

 確かに、慶人と蓉子の結婚式でこんな姿を親に見られたら——特に母親に見られたら——公衆の面前でどんな叱責を受けるかしれやしない。

「……さっ、彩乃っ。うちに帰るぞ!」

 将吾さんはますます足元がおぼつかなくなっているわたしを、抱きかかえるようにして支えてくれている。


「だれだよ?彩乃が『政略結婚』するって言ったヤツはっ。富多と普通にうまくいってんじゃん」
 太陽が息だけで吐き捨てるように言った。

「……おい、裕太。おまえの姉ちゃん、ほんとに『政略結婚』か?なんか、えらくしっくり馴染なじんでないか?」
 大地が隣の裕太にひそひそと訊いている。

「大地さんもそう思っただろ?おれはてっきり見合いの場で再会した『元カレ元カノ』が『元サヤ』になったもんだと思って姉貴に訊いたら『政略結婚だ』って言われて、思いっきり否定されたんだけどさ」
 裕太はまだ腑に落ちない顔をしていた。

「えーっ、うそっ!もうずっとつき合ってて『いい加減結婚するか』っていう感じにしか見えないんだけど」
 亜湖さんまでびっくりしている。

「そのくせさぁ、将吾さんから『同棲したい』って言われたら、一週間後にはもう一緒に住んでるんだぜ?」

 ——裕太、黙れっ。「同棲」じゃなく「同居」だっ!

「「「なんだ、ラブラブじゃん!」」」


 ——声をひそめてお話されてるみなさん、全部、聞こえてるんですけど。


 ゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


 タクシーで将吾さんの実家に帰ってきた。
 まだ頭の中がぐるぐるしていたので、タクシーの中ではずっと彼の肩に頭を預けていた。

 将吾さんがわたしの部屋のパウダールームまで連れて行ってくれた。
 早速シャワーを浴びようとしていたら、彼がどさくさに紛れてわたしのセミアフタヌーンドレスを脱がせるので、あわてて追い出した。油断も隙もない。
 将吾さんは愉快そうに笑いながら、追い出されて行った。

 シャワーを浴びて、メイクを落として、ユニクロのもふもふのフリースの部屋着を着て、パウダールームから出る。
 すると、わたしのクィーンサイズのベッドに将吾さんがいた。

 ——いつものことだけど。

 わたしがベッドに入ろうとすると(だって、そこはわたしが寝るためのベッドだから)将吾さんがベッドスプレッドとブランケットをめくって中に入れてくれる。
 将吾さんも隣の自分の部屋のバスルームでシャワーを浴びたらしく、いつもの香水じゃないボディソープの匂いがふわりとした。

 ところが——

「今日は疲れただろ?……一人でゆっくり休め」
 将吾さんがベッドから出て行こうとする。

 一人で寝られるなんて、いつもなら大歓迎のはずなのに……わたしは将吾さんのスウェットの端をぎゅっと握っていた。

 ——なんでだろ?酔ってるからかな?

 縋るような瞳で、将吾さんを見てしまう。これではまるで、行かないで、と目で訴えてるみたいじゃない。

「……彩乃?」
 わたしの様子は、いつもとは明らかに違った。

「酔ったおまえは、素直でかわいいな」
 将吾さんは目を細めて、わたしの頬を撫でた。

「だが……」
 将吾さんはきっぱりと言い放った。

「おれは、酔った勢いで誘ってくる彩乃は抱きたくない」

 ——はい?

「今日おれは、自分の部屋で寝る。おれに抱いてほしければ、おれの部屋に来い。彩乃がそこまでするのなら、自分自身の意思だとみなす」

 ——はぁ!?

 将吾さんはそう言うと、さっさとわたしのベッドを出た。そして、間の扉を開けて、自分の部屋へとっとと帰って行った。

 ——なんなの?あれ?

 わたしはベッドスプレッドとブランケットを頭までかぶった。

 ——あれだけ、キスより先を望んでおいて。

 なんだか、むかむかしてきた。気持ちが収まらない。

 お酒に酔った身体からだは重くて、お風呂も入ったし、普通なら眠たくてたまらないはずなのに……目が冴えて、どうしても眠れなかった。

 だから、わたしは将吾さんと出会ってから今日までのことを思い起こした。
 腹立ち紛れに、彼に関するありったけの悪口を頭の中に思い浮かべるためだ。
 特に、最初の頃はいーっぱいあった。

 ——そうだ!将吾さんに直接言ってやろう!!

 この悪口を文句として吐き出さずには、とてもじゃないけど寝られやしないわっ。

 わたしはベッドから抜け出して、二人の部屋の間にある扉を開けた。
 すると、将吾さんがベッドでノートPCを開いて仕事をしていた。ブルーライトをカットする眼鏡をかけていて、仕事モードでちょっと怖い雰囲気だった。

 わたしに気づいた将吾さんが、目を見開く。わたしが来るとは思わなかった顔だ。

 急に怖気づいたわたしは先刻さっきまでの威勢の良さはどっかへ行って、こっぱみじんこになってしまった。まるで、悪さをして叱られた幼稚園児のように立ち竦んでしまう。

 ——やっぱり、戻ろう。

 きびすを返したそのとき……

「彩乃」

 将吾さんが膝の上のノートPCをパタンと閉じた。ブルーライトカットの眼鏡も外した。

「……こっちにおいで」

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