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Chapter 9
元カレから壁ドンされてます ①
しおりを挟む一八〇センチくらいの長身、
漆黒の髪、
面長の輪郭、
切れ長の鋭い目、
通った鼻筋、
薄いくちびる……
目の前にいる約八年ぶりの海洋は、あの頃の面影を残していた。
だけど——年相応の落ち着きを持った、大人の男性になっていた。
そして——あの頃にはない、溢れんばかりの色気を放っていた。
「……彩」
真正面で対峙した海洋が、ゆっくりと間合いを詰めてくる。逃れようとしても、相手は剣道の有段者だから隙がまったくない。
わたしはじりじりと、後ずさりするしかない。
とうとう、壁際まで追いつめられてしまった。
そのとき、海洋の両手がわたしの顔の左右の壁に、ドンッとついた。
——かっ、壁ドンだっ!
海洋は日本を離れてずいぶん経つから、今のこの状況が、日本中の女子を胸キュンにさせる——もちろん相手次第でセクハラ確定になるけれど——必殺アイテムだということを……知ってるかな?
いや、日本にいたときだって、こういうことには疎かったから……知らないだろう。
「……逃げるな」
海洋は射るような鋭い目でわたしを見た。
感情を表情に出さない海洋だけれども……
——これはかなり怒ってるな。
「ひ…ひさしぶりっ。元気にしてた?」
わたしは引きつりながらもなんとか微笑んで、ちょっとご陽気に言ってみた。
ところが、海洋の目が険しさを増し、こころなしか殺気すら感じられるようになった。
——失敗だ。火に油を注いでしまったわ。
「なぜ、連絡しなかった?」
相変わらず、海洋は必要最小限のセンテンスしかしゃべらない。
——たぶん「なぜ、結婚することを知らせなかったのか?」ということだろう。
一緒にいたあの頃、わたしは必死で彼が言いたいことを読み解いた。
「なぜ、連絡する必要があるの?」
わたしは逆に訊き返した。
——あなたがアメリカへ行くと決まったときよりずっと前に、わたしたちは別れていたのに?
海洋は、W大を卒業して父親が頭取を務めるあさひJPN銀行に入行した年、銀行から留学するという形でアメリカに渡ってマサチューセッツ工科大学に学士入学した。そのあと、大学院に進んで今に至っている。
海洋がアメリカに行くから、わたしたちは別れたのではない。
彼が渡米するとき、わたしはまだ今の裕太と同じ歳の大学生だったが、すでにわたしと海洋は修復不可能な状態の末、別れていたのだ。
「……びっくりさせんなよ」
ふわっと、懐かしい彼の匂いがした、と思ったら——次の瞬間、海洋に抱きしめられていた。
「飛行機が遅れて、ギリギリに着いたら……」
ぴったりと隙間なく重ねられた身体から発せられた海洋の声が、自分の中から聞こえる気がした。
「……彩の結婚が決まったって、太陽が言うから」
——だから、チャペルでわたしのこと、ガン見してたわけね。
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