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Chapter 9
突然の再会に逃げ惑ってます ①
しおりを挟むオルガンの音がチャペルに響く。
おもむろに、後ろの天井近くまである大きくて重厚な扉が開いた。
わたしは雑念を払い、意識をそちらへ集中させた。
蓉子と彼女の父親——わたしにとっては目白のおじさまが、ゆっくりとヴァージンロードへ歩みを進める。
エンパイアラインのウェディングドレスが、おしゃれでスタイリッシュな蓉子によく似合っていた。
だが、わたしが一目見て唸らずにはいられなかったのが、そのドレスよりもベールの方だった。
エンパイアのウェディングドレスより、マリアベールの方がずっと長かったのだ。ウェディングドレスの裾が長い「ロングトレーン」はよく見かけるが、ベールの方がロングトレーンになっているのはそうそうない。
繊細なレース編みの自分の背丈よりもずっと長いマリアベールを頭にいただいた蓉子は、まるで西洋の宗教画から連れ出されてきたかのような神々しさを醸し出しながら、ヴァージンロードを歩いていく。
もともと、ハーフか?クォーターか?と見紛うくらい国籍不明の美貌の持ち主である。あちこちから、ため息を伴った感嘆の声が漏れる。
神父さまの聖書台の前で、近づいてくる蓉子を待つ慶人の方を見た。
幼い頃からポーカーフェイスの彼だったが、今はさすがに緊張のためか心なし頬が赤い。
だけど、その瞳は吸い込まれるように、蓉子だけを見つめている。
やがて、慶人が蓉子に手を差しのべた。
蓉子が父親である目白のおじさまと組んでいた手をほどき、その手で慶人の手をとった。
目白のおじさまがすっ、と一人娘の蓉子を慶人に渡し、新婦側の親族席の方へ下がって行く。
物心ついたときにはもう、この二人はわたしのすぐ身近にいた。再従兄弟姉妹という遠縁だけど、従兄弟姉妹——いや、兄弟姉妹のような間柄で過ごしてきた。
わたしの目に、込み上げてくるものがあった。
込み上げてくるものに耐えかねて、たまらず目線を逸らせると……視界の端に、強い視線を感じた。
その先をたどっていくと——海洋がいた。
最前列の海洋が五列目辺りにいたわたしを、まっすぐ見つめていた。
チャペル内にいる人たちすべてが今、聖書台の前の慶人と蓉子しか見ていないというのに……
なのに、この瞬間、海洋にはわたししか見えていなかった。
わたしは思わず、くすっ、と笑ってしまった。
海洋は相変わらずだった。そのときに興味のあるもの以外は眼中にないのだ。
たとえ、それがたった一人の……あんなに美しい妹の結婚式であっても。
海洋の口元が……「あ」「や」と動いた。
わたしのことをそんなふうに呼ぶのは、世界中で彼のほかにはいない。
「彩」
聞こえるはずのない海洋の声が、低くて、少しくぐもったあの声が……わたしの耳にはっきりと感じられた。
——その瞬間、もうこの世界には、わたしと海洋だけしかいなかった。
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