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Chapter 8
彼に夜這いをかけられてます ①
しおりを挟むわたしは固まった。
お風呂に入った直後でどすっぴんである。髪はライオンの鬣のように広がっている。
おまけに、わたしは寝る時はノーブラ派なので、フリース地で透けることはないとはいえ、やはり胸元が落ち着かない。
——しかも、ユ◯クロだったっ!
「な…なんか用?」
わたしの声はテンパって上擦っていた。
「用がないと婚約者の部屋には来ちゃいけないのか?」
部屋に入った将吾さんが近づいてくる。彼もお風呂に入ったのであろう、スウェットの上下というラフさだった。
わたしが将吾さんに「提案」して以来、ずっと「初心に返って」よそよそしい関係になっていたので、妙に気まずい……
わたしは思わず、後ずさりする。
「逃げるな……彩乃」
将吾さんの手が伸びてきた。肩をつかまれ、ぐいっ、と引き寄せられる。
次の瞬間には、もう……将吾さんの腕の中にいた。
「……な…なんで、そんなとこから入ってくるわけ?」
廊下に面した扉の方には、ちゃんと鍵を掛けてあったのに。
「この部屋の隣が、おれの部屋」
将吾さんはわたしを抱きしめる腕に力を込めた。
「なんで、間にドアがあるの?」
——まさか、こういうときのための夜這い用?
「夜這い用じゃないぞ」
——うっ、読まれてる。
「もともと、おれの部屋がこの階のマスタールームで、この部屋が子ども部屋だったんだ」
確かに将吾さんの部屋は軽く二〇帖はありそうで、この部屋よりずっと広い。
西洋ではよほどの住宅事情がない限り、たとえ赤ちゃんであっても夫婦の寝室とは別にする。
だけど、赤ちゃんが夜泣きしたりして様子が気になるときにお母さんがすぐに行けるようにと、この家では間に扉がつくられたそうだ。
ちなみに、わたしが先刻使ったバスルームも元は子どもの遊び部屋を兼ねたバスルームだったという。
「だから、ベッドに入っていて邪魔されたくない親の部屋からは鍵を掛けられるが、子どもの部屋からは鍵は掛けられない」
——明日、ハ◯ズにでも寄って、ドアに取り付ける鍵でも買ってくるか。このままでは物騒でしようがない。
「この家は明治に建てられた重要文化財級の家だが、まさか、おまえの不器用な手で鍵なんかを付けて、後世に残さねばならない貴重な文化財を傷つけようなんて思ってないよな?」
——うっ、読まれてる。
「壁紙はアール・ヌーヴォーのウィ◯アム・モリスの当時のものなんだ。だから、そこだけはフレンチカントリーにはできなかった」
将吾さんは先刻からわたしのオリーブブラウンの髪を撫でたり、搔き上げて弄んだり、自由気ままにいじっていた。
それでなくても、お風呂上がりは湿気を含んで膨張しやすくなるというのに、やめてほしい。
そういえば、この人はわたしがひっつめた髪をするより、たとえハーフアップであっても髪を下ろした方が好みだったな……
——まずい。なんだか、煽ってる?
「あ…ありがとう。こんなわたし好みのお部屋を用意してくださって……でも、ご足労かけたのは島村さんでしょう?仕事だけでも忙しいのに、こんなことまで……なんだか悪いわ」
わたしは、なるべく将吾さんの気を逸らそうとして話を続けるために言った。
「……なんで、ここで茂樹が出てくるんだ?」
突然、将吾さんの声のトーンが暗くなった。
——あれっ、また地雷踏んじゃった?
「おまえ、マジでおれのこと、わかってないのな?」
将吾さんは、盛大なため息を吐いた。
「……わからせてやる」
彼の目つきが変わった。
わたしを抱きかかえたまま、部屋の奥にあるクィーンサイズのベッドへ歩き出す。
「えっ…ちょ…ちょっと……将吾さん!?」
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