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Chapter 7
私のお部屋に引っ張り込まれてます ④
しおりを挟む「ところで……おまえ、なんでこんな曲のCD持ってるんだ?」
くちびるを離した将吾さんが、突然訊いた。
彼から香ってくるのが、いつの間にかフローラル系の爽やかで繊細な匂いになっていた。
「先刻から流れてるのは、みんなスウェーデンの曲だろ?今、流れてる歌は♪Den blomstertid nu kommerでスウェーデンの国民歌と言われるものだ」
カフェ・オ・レ色の瞳が、すごく驚いている。
わたしは「無◯のね、お店の中で流れてる曲なの」と説明した。
無◯良品の店内で流れている音楽は、無◯が企画し、世界各国の地元のアーティストが協力して、現地でCDが製作されている。そのCDはもちろん無印で販売されている。しかも、一枚千円という破格のリーズナブルさなのだ。
だからわたしは、地域ごとにわかれたCDの中で、アイリッシュケルトやハワイアンや中国の古楽器演奏などのバージョンを何枚か購入していた。
その中にたまたまスウェーデン・トラディショナルが収められた「BGM8」があったので、流してみたのだ。
すると、将吾さんがこの曲の歌詞とおおまかな意味を教えてくれた。
「スウェーデンとか北欧の人たちって、日本人のわたしたちが考えられないほど、春っていうか夏が待ち遠しいんでしょ?……そういうのがあふれてる歌だね」
わたしはしみじみ言った。
「極夜の冬は昼過ぎには暗くなるからな。鬱陶しいぞ。統計では自殺者も増えるみたいだし。その反動で白夜の夏至祭は、びっくりするほど開放的になる。別の意味で厄介になるけどな」
将吾さんは顔を顰めた。
「ABBAの♪Summer Night Cityなんかの歌詞も、白夜に弾けちゃってすごいもんね」
同じスウェーデンの男女四人組の歌を思い出した。
「あぁ……夜中に公園でmake loveして、昼間は疲れて眠りこける歌な」
——歌詞の一部だけを抜き出すな。
「……ところで」
将吾さんはわたしの顎をくいっ、と持ち上げた。
——あれ?……また、彼の香りが変わっている。
今度はレザー系の荒々しい、なんだかドキドキさせるセクシーな匂いだ。
「公園で、とは言わないが……おれたちはいつ、キスから先に進めるんだ?」
将吾さんのカフェ・オ・レ色の瞳から、色気がダダ漏れてる。
——ま、まずい。話があらぬ方向に向かってしまった。
あれから、終業後に毎日「副社長のプライベートルーム」でわたしはキスを「補充」させられていた。
プライベートルームは簡易なベッドのため、図体のデカい将吾さんだけでもかなり窮屈そうなので、わたしは押し倒されることなく、なんとか貞操を守れていたのだが……今、この部屋の奥には、セミダブルのベッドがある。
「ちょ…ちょっと……まだ……」
わたしは後ずさりする。
「大丈夫だ、おれに任せればいい」
将吾さんは、そんなわたしのことなどお構いなしに間を詰めてくる。
「それに、おれは胸の大きさなどは気にしない」
——し、失礼なっ!
たぶん、抱きしめたときに勝手に、わたしの胸がささやかなんだろうと思ったのかもしれないが、寄せて上げてトリンプだったらCカップだから!
「安心しろ。もし小さければ、おれが揉んでそれなりにしてやる」
——だから、トリ◯プだったらCカップだってばっ!
やっぱり…そろそろ…ちゃんと…言わなければ。
「あ…あのね……将吾さん……お願いがあるの」
とうとう、将吾さんがわたしを捕まえた。
ふわりと抱きしめ、ハーフアップにしたわたしの髪をやさしく撫でる。どうもこの人は、髪を下ろした方が好みらしい。
——あっ……また香りが違う。
今度は、甘ったるい濃厚なバニラの香りが彼を包んでいた。
「なんだ?……やってもらいたい体位でもあるのか?」
将吾さんが耳元で囁く。
——先刻から、な、なにを言ってんのよっ。この真っ昼間にっ!
「リクエストすれば善処するぞ」
——企画書の決済じゃないんだからっ。
「真面目な話です」
わたしは将吾さんの腕の中で言った。
「わたしはあなたの子どもをちゃんと産みます」
将吾さんはわたしを抱きしめる腕に力を込めた。わたしの髪を撫でる手が、一層やさしくなる。
そして、心を決めて告げた。
「……ただし、人工授精で産みたいのです」
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