40 / 128
Chapter 7
お正月に彼が実家で挨拶してます ②
しおりを挟む大きな掘り炬燵を囲んで、将吾さんとうちの家族との会食は和やかに進んだ。
わが国を代表する一流の老舗ホテルに入っている日本料理のお店から来てもらって、うちのキッチンを使って調理された会席料理に舌鼓を打つ。
呑兵衛のおじいさまが勧める熱燗を、将吾さんは断ることなくお湯のようにぐいぐい呑んでいる。
裕太が「大丈夫か?この人」って目で見ているが、島村さんによると相当強いらしい。
たぶん、日本人の遺伝子よりもアルコールを分解する酵素に長けている西洋人の遺伝子を持ち合わせているからだろう。
その豪快な呑みっぷりだけで、おじいさまはほぼ陥落状態だったが——
「……君は若いのに、なかなか見る目があるな。グランド・セ◯コーに目をつけるとは」
将吾さんの左手首の時計に目を細めた。
齢八十を過ぎたおじいさまの朝比奈 榮壱は、名目上はあさひJPNフィナンシャルグループの会長であるが、今はほとんど出社していない。
だが、グループ内はもちろん経済界での威厳と影響力は健在だ。
「彩乃さんに婚約指輪のお返しとしていただきました」
わたしはおじいさまに向かって、まるで芸能人のように左手の甲を向けて指輪を見せた。ピヴォワンヌがきらっと輝いた。
「おじいちゃま、時計はパパに訊いて選んだのよ」
おじいさまは、そうか、そうか、とさらに目を細めた。
「あーちゃん、指輪を見せて」
おばあさまの志乃がそう言うので、わたしはそばに駆け寄って見せた。
「綺麗だねぇ。……あーちゃん、よかったねぇ」
おばあさまはわたしの手を摩りながら、少し涙ぐんでいた。
「おばあちゃま、ありがとう。彩乃ね、この指輪とっても気に入ってるの。お揃いのイヤリングももらったんだよ」
母屋と離れで暮らしてはいたけれど、初めての内孫として、本当にかわいがられて育てられた。
この大切な二人に、感謝以外の言葉はない。
゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜
会食のあと、将吾さんとわたしの父の榮太郎がなにやら話をしていた。
そのうちに、父親がゴルフのクラブを振る真似をし始めたので、たぶん今度ラウンドする約束でもしたのだろう。
——こんなふうにして、将吾さんの休日が潰れていくんだな。
ゴルフはエグゼクティブたちの「共通言語」だ。
世代が離れていても、ゴルフを介せば旧知の友のようにいきなり距離を縮められる。高スコアの持ち主は羨望の眼差しで見られて、どんなに年上で高い役職の人からでも教えを乞われる。
「……彩乃、おまえも久しぶりに一緒に回らないか?」
父親から声をかけられる。
将吾さんは、おまえゴルフやれたのか?という目をしている。実は就職するまで、父親に連れられて少しやっていたのだ。
「彩乃は、邪魔にならない程度にはできるから」
父親が彼に説明する。
「えーっ、もうずいぶんやってないよ。今だと百切れなくて、迷惑かけるよ」
打ちっ放しの練習場ですら、行ってないというのに。ま、もともと練習場は閉塞感があって好きではないのだが。
「クラブだって古いし、無理だよ」
ゴルフクラブはどんどん性能のよいものが投入されるので、すぐに「時代遅れ」になる。ボールの飛距離も、バンカーなどのトラブルからの脱出も、自身が持つ力より性能のよいクラブの方が助けてくれることがある。
「ドライバーも、アイアンセットも、買ってやるよ」
将吾さんがニヤリと笑った。
「彩乃は五番フェアウェイウッドが得意なんだ」
父が余計なことを言って胸を張る。
——パパ、こんなとこで突然、親バカになんないでよっ。
「それより、裕太を連れて行ってやってよ。あの子もそろそろ始めないと。上達には時間がかかるんだから」
「じゃあ、弟くんも含めてちょうど四人だ」
将吾さんが高らかに笑った。
——冗談じゃない。
普通、ハーフの九ホールで二時間ちょいで回れるところが、ラウンドデビューと一緒になったら、何時にクラブハウスに戻ってランチが食べられるか。
青い顔をしたわたしに、
「一番後ろの組にしてもらって、スルーで回ればいい」
将吾さんが呑気に宣う。
図体はデカいくせに、言うほど運動神経が発達していない元軽音楽部の裕太を思うと、一番遅い時間から十八ホールを一気に回って、日没までにクラブハウスに戻れるとは到底思えなかった。
だけど、父親も将吾さんも、わたしの話なんかもう聞いちゃいなかった。
早速「彩乃はフェアウェイウッドはクリークと七番で」「裕太は打ちやすいユーティリティがいいかも」などと、検討会に入っている。
結局、ゴルフ好きの人たちは「道具好き」なのだ。
0
お気に入りに追加
166
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。


愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる