政略結婚はせつない恋の予感⁉︎

佐倉 蘭

文字の大きさ
上 下
39 / 128
Chapter 7

お正月に彼が実家で挨拶してます ①

しおりを挟む
 クィートは結局『叔父さんがとても元気だと確認できたからそれでいい』などと言い残して屋敷まで行かずに、忙しいバルクと共にそのまま帰って行ってしまった。明らかにヴィオにちょっかいを出していた様子だったので、後で問い詰めてやろうと思っていたが、先に察して逃げられた形だ。
 昔から悪い奴ではないが何かと間が悪く、人との距離の取り方が早急で大胆なクィートにセラフィンは久しぶりにかき回された結果となった。

 その晩のこと。セラフィンはヴィオが湯を使っているのひと時、二人の寝室として使われている眺めの良い客間のテラスで風に吹かれながら、軍の寮で起こした事件から今までの日々を思い起こしていた。

 先週軍に所属する若者が多く住まう寮で起きたオメガによるヒート未遂事件はオメガの人権にかかわる問題であると同時に軍も絡んでいるため、新聞やラジオで大きく報道されるようなことはなかった。多くの怪我人が出たがそもそもは鍛え上げられた若者たちであったため、骨にひびを入れたセラフィン意外に重篤な怪我人はいなかったということがまずは大きいだろう。
 責任が問われるべきはヴィオがオメガであると知っていて寮に招き入れ、監督責任を怠ったカイということになるが、あらかじめ従弟のヴィオの入室許可は取っていたということ、ヴィオの不意の発情で不安定になった彼のフェロモンにより偶然カイがラット(オメガフェロモンに誘発されるアルファの錯乱状態)を起こしていたと認定されたため罪に問われることはなかった。
 オメガの発情は初期には非常に不安定なもので制御しきれるものではないというのが見識者による意見だったからだ。実際には事実とは異なるが、警察官であるジルと親族の後ろ盾が多い軍にも大きな繋がりを持つモルス家の兄のバルクの二人が暗躍してくれていたことは間違いない。しかし応援を呼び軍と共に現場を収集してくれた功労者のジルとはあの日以来会えていない。なんとなくセラフィンと距離を置こうとしていると察して、あえてセラフィンも連絡を取ることを控えていた。

 そして今日、バルクはカイと面談した内容をセラフィンに知らせに来てくれたのだ。

 不問の部分も多いとはいえ、それでも大暴れして滅茶苦茶にしてしまった寮のロビーの片づけなどを含めて一週間の謹慎を余儀なくされたカイと会ったバルクは、彼がよく知る男に似た端正な面差しに苦悩に滲ませていた。

『あの子の気持ちが俺にはないのにどうしても手に入れたくて……。アルファとフェル族の本能に負けて、ヴィオを傷つけてしまったことを後悔してもしきれない。俺がこの先ずっとヴィオから拒絶されたとしてもそれは自業自得だ。今さらヴィオが誰を選ぶかに口出しなどできる立場ではないとはわかってる。だがドリの里にとってはヴィオが大切な子である事実は変わらない。ヴィオに無理強いをした俺が言えた義理ではないが、ヴィオの後悔がない様に慎重に導いてやって欲しい」

 もはや身体にはセラフィンとの格闘のダメージすらないカイだが、心はセラフィンが懸念していたとおり、愛するものを傷つけた事実と向き合い、静かに己の所業を悔いていた。それでも年長の従兄弟らしくヴィオをよろしくお願いしますと、バルクとその向こうにいるセラフィンに深々と頭を下げてきたのだそうだ。

(カイ、俺だってお前の気持ちはよくわかる。そしてお前が言うこともよくわかる。ヴィオが背負ったものはドリの里の長い歴史そのもの。山深い里で皆が守り抜いてきた伝統と文化。それをここですべて霧散させてしまってよいものなのか)

 もちろんセラフィンはヴィオが背負っているものすべて一緒に負う覚悟で彼に手を伸ばした。ヴィオはその手を取ってくれた。
 これからヴィオに起こることの全ては二人の問題だというのに、ヴィオは今だ胸の内の全てはセラフィンに明らかにしてくれていない。

(今日こそ……。ヴィオの気持ちを全て聞き出してやりたい)

 セラフィンは部屋の中を振り向いたが、ヴィオはまだ戻ってはきていないようだ。
 二人の寝室ということになっているこの明るい色調の愛らしい部屋はかつてセラフィンとソフィアリの子供部屋だった部屋ではなく、ヴィオが来るというので慌てて用意され彼が一人で使っていた客間でもない。新たにジブリールがマリアと模様替えを施した客間である、やや気恥しいほど少女趣味な愛らしい額も描かれた色鮮やかな花々の絵画も、淡いクリーム色に花々がデザインされた壁紙に大きな天蓋付きのベッドも、もはや新婚夫婦の部屋のような設えで、最初にこの部屋に入った時はあまりに綺羅綺羅しい空間に男二人で絶句してしまったものだ。

 今ヴィオは事実上セラフィンの婚約者として扱われ、今まで以上に丁重にモルス家でもてなされる。そのことは掛け値なしに嬉しいことであるので二人は母たちの心遣いをありがたく受け取ることにした。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

処理中です...