政略結婚はせつない恋の予感⁉︎

佐倉 蘭

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Chapter 6

プライベートルームで補充してます

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 本日の業務が終了したので、言われていたようにプライベートルームへ行く。

 ノックすると副社長の声が聞こえた。
 すっかり慣れた手つきでカードキーを差し込み、ピッという解錠の音でドアを開ける。

「……今日はこれから接待で会食でしょ?」
 ここからは「将吾さん」になった彼に尋ねる。

「ああ、そうだ」
 ソファに腰かけてタブレットを操作していた将吾さんが、顔も上げず答える。

美味おいしいものが食べられていいなぁ」
 特に今日出向く先は、政治家たちも御用達の一流料亭だ。
   わたしは急がなければと足早にワードローブまで行き、中を確認する。

「ねぇ、補充するものって、なに?……ワイシャツも…下着のシャツもあるし。……あっ、ソックスかな?」
 わたしが振り向くと、そこに将吾さんがいた。

 ニヤッといたずらっ子のように笑ったかと思うと、いきなり肩を引き寄せられて、すっぽり彼の腕の中に入ってしまう。

「……どうしたの?」
 わたしは将吾さんを見上げた。

 窓の外はもうすっかり陽が落ちている。
 この部屋に入ったときに、あれ?と思ったのだが、天井についているオフィスによくある蛍光灯が点いていなかった。
   それでも、この部屋がほの明るいのは、部屋の隅に置かれたフロアライトが発する灯りのせいだ。

 ——なんか、オレンジ色の灯りで必要以上にムーディーな感じがするのは……わたしだけでしょうか?

 そして、カフェ・オ・レ色の瞳が、怖いくらいわたしをまっすぐ射抜いてるんですけど……
 それでいて、微笑んだ口もとから、お砂糖のような甘さも感じられるんですけど……

 なんだか、わたしが今までに見たことのない将吾さんなんですが?もしかして、いつも女の人を墜とすときのスイッチが入った?

 わたしたちは「政略結婚」なのよ?……わかってる?

 ——まずいな、さすがに……

 そんな魅惑的な瞳でなにも言わず、たださりげなく微笑んでるだけのあなたに、こんな至近距離でロックオンされたら……

 そういえば、昨日、この人とがっつりキスをしたんだっけ?それも、結構、何回も……

 ——や、ヤバい。胸が……どきどきしてきた。

 急激に頬が染まっていく感覚がして、わたしはたまらず俯いた。すかさず、将吾さんはわたしの顎をくいっ、と持ち上げる。

 わたしはまたその魅惑的な瞳を……
 さりげなく微笑んだくちびるを……
 見なければならない。


「……少しはおれを意識したか?」
 将吾さんが、くくっ、と笑った。悪ガキのように、してやったりの顔をしている。

 ——なんだ、冗談か。

 わたしがさらに頬を赤らめて、ちょっと口惜しそうな顔で彼を見上げると……

 突然、ふっ、と真剣な表情になった。

「……ったな」
 口の中でもごっとなにかをつぶやくと、ぐいっと肩を引き寄せられた。

 バニラのような甘い香りが、わたしをふわっと包む。彼が血を受けたスウェーデンにある、バ◯ードの「ジプシーウォーター」の匂いだ。

「補充してほしいのは……」
 将吾さんが耳元でささやく。

「おまえの……キスだ」

 将吾さんの声は低音で心地よい声だが、 今や艶やかさも加味されていた。
 そんな声を耳元でささやかれ、ぞくり、としたわたしは思わず、がくん、と腰の力が抜けた。

 咄嗟とっさに、わたしの腰にまわった将吾さんの腕で、ぐっ、と支えられる。

「……彩乃」

 焦れた声で、いざななうように、わたしの名を呼ぶ。

「おまえのキスが切れた。……補充してくれ」

 彼のカフェ・オ・レ色の瞳が、その眼差しが、あふれんばかりの艶っぽい色気をたたえて、熱を帯びた琥珀色に変わっていき、一心に、まっすぐに、わたしに注がれる。

 ——今まで見たことのない「男」の彼がいた。

 わたしは吸い込まれるように手を伸ばし、手のひらで彼の頬を包み込んだ。

 そして、さらになにかを言おうとしている、彼の声を遮って、自分のくちびるを彼のくちびるに押しつけた。

 昨日、将吾さんがしたように、今日はわたしが舌で彼のくちびるをなぞる。

 開いた彼のくちびるに、自分の舌を差し込む。

 だけど、わたしがリードするのはここまでが限界。ここから先は……彼の咥内だったけど、主導権は渡した。

 すると、食べ尽くされてしまうんじゃないか、ってほどの激しいキスが待ち構えていた。

 こんなキスなんかしたら、政略結婚じゃなくて、まるでちゃんと愛し合ってる……

 ——「婚約者」みたいじゃん。

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