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Chapter 6
同僚から政略結婚を相談されてます ③
しおりを挟む「……もおっ、水くさいわねっ。わたしのこと、『誠子』って呼んでいいわよ」
——いやいやいや。呼べませんって。
水野さんもぷるぷるぷる…と左右に首を振っている。
「で…でも、水野さんの気持ち、わかる気がするかも。わたしなんか、ちゃんと勉強した最後の記憶は幼稚園のお受験なんだから」
わたしは脱力した気力を手繰り寄せながら、話を戻した。
「彩乃……『七海』よ。わたしたち、秘書室の三人しかいない女子社員じゃない。他人行儀はやめましょう」
大橋さんが諭すように言う。
——どの口が言う!?
「あ…彩乃さん……」
あ、水野さんは波風を立たせたくない派だ。彼女の目からはお局さまに見えるわたしと大橋さんを、いがみ合わせるわけにはいかないと思ったのだろう。
「副社長って、確かKO大を出てケンブリッジまで卒業されてますよね?彩乃さんたち、普段はどんな話をされてるんですか?おバカなこと言ったら、副社長から呆れられたりしません?」
彼女が前のめりで訊く。
「そうよ、七海……その調子よ」
大橋さんが「ひろみ」ではなく「ななみ」に、お蝶夫人のように大上段から肯いている。
——普段、将吾さんとどんな話を、って言われてもなぁ。そもそも、出会ってまだ間もないし。正直、なにを考えてるのか、わかんないことだらけだし。
「えっと……七海ちゃん、ほんとに他愛のない話だよ。それこそ、覚えてないくらい」
わたしはなんとか答える。
「えーっ、副社長を相手にしてですか?すっごいイケメンだから、話していると緊張してどきどきしたりしません?」
わたしは首を振った。イケメンは親戚一同で慣れているのかもしれないけど……
——そういえば、将吾さんにはわりと、言いたいことがすんなり言えてるなぁ。出会ったばかりの、政略結婚の相手にしては……
でも、向こうの方が、何百倍も何千倍も言いたい放題だけど。
「結婚したら日常生活になるんだから、それこそ他愛のない普通の会話で、しちめんどくさい小難しい話なんて、しないんじゃないの?」
大橋さんが平然と言った。
「そんなことよりも。わたしが恐れるのは『切れない元カノ』ね。……愛人一直線だもんね」
大橋さんはそう言って、目を眇めた。
ちなみに、彼女にはまだ政略結婚する相手の影も形もない。
「彩乃、副社長は大丈夫?……あれほどの男よ」
——いやいやいや。あなた、昨日までわたしから彼を奪おうとしていた人ですよね?
「あたしのお見合い相手になるかもしれない人も……わかりませんよねぇ。そもそも、上司の娘とお見合いしようだなんて、出世のためとしか思えませんしね」
七海ちゃんがため息を吐いた。
「もし、そういう相手がいるんだったら、最初から政略結婚なんかせずに、そっちとちゃんと結婚すればいいのに」
「ほんとにそうよね。こっちはだれかを不幸にしてまで一緒になりたいわけじゃないもんね」
わたしも七海ちゃんに同調する。
「……あなたたち、甘いわ」
大橋さんが、ちっちっちっ、と目の前で人差し指を振る。
「出世欲にまみれた男は、仕事も女も両方ほしいのよ」
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