36 / 128
Chapter 6
同僚から政略結婚を相談されてます ③
しおりを挟む「……もおっ、水くさいわねっ。わたしのこと、『誠子』って呼んでいいわよ」
——いやいやいや。呼べませんって。
水野さんもぷるぷるぷる…と左右に首を振っている。
「で…でも、水野さんの気持ち、わかる気がするかも。わたしなんか、ちゃんと勉強した最後の記憶は幼稚園のお受験なんだから」
わたしは脱力した気力を手繰り寄せながら、話を戻した。
「彩乃……『七海』よ。わたしたち、秘書室の三人しかいない女子社員じゃない。他人行儀はやめましょう」
大橋さんが諭すように言う。
——どの口が言う!?
「あ…彩乃さん……」
あ、水野さんは波風を立たせたくない派だ。彼女の目からはお局さまに見えるわたしと大橋さんを、いがみ合わせるわけにはいかないと思ったのだろう。
「副社長って、確かKO大を出てケンブリッジまで卒業されてますよね?彩乃さんたち、普段はどんな話をされてるんですか?おバカなこと言ったら、副社長から呆れられたりしません?」
彼女が前のめりで訊く。
「そうよ、七海……その調子よ」
大橋さんが「ひろみ」ではなく「ななみ」に、お蝶夫人のように大上段から肯いている。
——普段、将吾さんとどんな話を、って言われてもなぁ。そもそも、出会ってまだ間もないし。正直、なにを考えてるのか、わかんないことだらけだし。
「えっと……七海ちゃん、ほんとに他愛のない話だよ。それこそ、覚えてないくらい」
わたしはなんとか答える。
「えーっ、副社長を相手にしてですか?すっごいイケメンだから、話していると緊張してどきどきしたりしません?」
わたしは首を振った。イケメンは親戚一同で慣れているのかもしれないけど……
——そういえば、将吾さんにはわりと、言いたいことがすんなり言えてるなぁ。出会ったばかりの、政略結婚の相手にしては……
でも、向こうの方が、何百倍も何千倍も言いたい放題だけど。
「結婚したら日常生活になるんだから、それこそ他愛のない普通の会話で、しちめんどくさい小難しい話なんて、しないんじゃないの?」
大橋さんが平然と言った。
「そんなことよりも。わたしが恐れるのは『切れない元カノ』ね。……愛人一直線だもんね」
大橋さんはそう言って、目を眇めた。
ちなみに、彼女にはまだ政略結婚する相手の影も形もない。
「彩乃、副社長は大丈夫?……あれほどの男よ」
——いやいやいや。あなた、昨日までわたしから彼を奪おうとしていた人ですよね?
「あたしのお見合い相手になるかもしれない人も……わかりませんよねぇ。そもそも、上司の娘とお見合いしようだなんて、出世のためとしか思えませんしね」
七海ちゃんがため息を吐いた。
「もし、そういう相手がいるんだったら、最初から政略結婚なんかせずに、そっちとちゃんと結婚すればいいのに」
「ほんとにそうよね。こっちはだれかを不幸にしてまで一緒になりたいわけじゃないもんね」
わたしも七海ちゃんに同調する。
「……あなたたち、甘いわ」
大橋さんが、ちっちっちっ、と目の前で人差し指を振る。
「出世欲にまみれた男は、仕事も女も両方ほしいのよ」
0
お気に入りに追加
166
あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる