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Chapter 5
すっかり悪役令嬢になってます
しおりを挟むリビングルームには大理石でアール・デコ調に彫られたマントルピースがあって、アール・ヌーヴォー風に蔦があしらわれた金網の奥では薪が赤々と爆ぜっていた。
その前には、スウェーデンが世界に誇る家具量販店IKEAで毎年購入するというモミの木のクリスマスツリーがあり、色とりどりのオーナメントが飾られている。ちなみに、このモミの木は年が開けるとお店で引き取ってもらえる。
きっと、ここはパーティなどに使われる部屋であろう。大きな部屋のあちこちに腰掛けられるソファや椅子の類がある。
マントルピースの近くの一番大きなダークブラウンの革張りのソファに、将吾さんの父親と母親が座っていた。
「クリスマスケーキっていっても、私がイギリスに留学していたから、うちはイギリス風のクリスマスプディングなんだがね」
わたしたちが彼らの対面のソファに腰を下ろすと、ローテーブルの上にはドーム型の茶色いケーキがあった。
「また今年もかよ。メシを食ったあとにこれを食べるの、かなりヘビーなんだよな」
将吾さんが顔を顰める。
「将吾、ケンブリッジ式に火を点けてよ」
彼も父親と同じケンブリッジ大学のビジネススクールに留学していた。
「フランベするやり方に、ケンブリッジもオックスフォードもねえよ」
ぼやきながらも、将吾さんはケーキに火を点ける。とたんに、青白い炎が立ち上がり、わたしだけが「わっ!?」と声を上げてしまう。
どうやら、わたし以外の人は慣れっこのようだ。
何事もなかったかのように、ハウスキーパーの静枝さんが火が消えたプディングにナイフを入れて切り分けていく。わかばさんが、それぞれの皿に取り分けていく。その間、島村さんが紅茶のカップを乗せたトレイを持って、各人にサーブする。この香りはアールグレイだ。
クリスマスプディングは日本でいうところの「プリン」とはまったく異なり、むしろドライフルーツをふんだんに使ったパウンドケーキの食感に近い。しかも、フランベでアルコールを飛ばしたとはいえ、ブランデーがたっぷり染み込まされている。なかなか、大人の味だ。
ところで——先刻から、痛いほどの視線を、ひしひしとを感じるんですけれども。
その視線の主は、わかばさんだった。
息を詰めて探るような目でわたしを見るその表情は、困惑と当惑しかない。
いつの間に、こんなことになってしまったんだろう?と思っているに違いない。
わたしが将吾さんの前に現れてから、まだ二ヶ月と経っていないというのに、もう婚約者なのだから……
彼女はずいぶん幼い頃から将吾さんを慕っているのだろう。
無理もない。大会社の御曹司で高身長にイケメンという、超ハイスペックな人が同じ家にいるのである。おまけに、わたしへの対応とは真逆の「蕩ける笑顔」付きだ。
彼はわかばさんには信じられないくらい甘いに違いない。
——これでは好きにならずにいられない。
彼女はかわいらしい子だから、きっと男の子からの誘いもあるだろうけど、将吾さん以外の人は目に入らないと思う。
紹介されたとき、管理栄養士になるための大学に通っていると言っていた。もしかしたら彼の不規則な生活の中で、健康管理に役立つという思いからの選択だったのかもしれない。
——なのに、今、彼女の愛する人の隣には見知らぬ女が座っている。
もう、わたしがどんな素性の女かは自分の兄から聞いているだろう。
日本を代表するメガバンクを抱える金融グループの創業家の娘——典型的な政略結婚の相手。
そして、歳の離れた自分とは違い釣り合った年齢。長身でハーフかクォーターのような華やかな風貌。(自分で言うのもなんだけど……)
なにより、彼の両親からこの家の嫁として、すでに認められている。
——わたしは、彼女が望むものすべてを持っている。
先刻、将吾さんの部屋に来るはずだったのは、彼女の兄かもしれない。だけど、彼のことが気になって代わりに来てしまった。
そこで見てしまった。
彼がわたしがいる部屋で、スーツからラフな服に着替え終えていたのを……
さらに、彼のくちびるについていた、わたしの紅いルージュを……
——なんだか、わたし、すっごくイヤな役回りなんですけど。
あんなに一途でまっすぐな愛を将吾さんに捧げてる、健気な女の子に憎まれるライバル役なんて。
これがケータイ小説の世界なら、わたしの方が完全に「悪役令嬢」じゃん。
とはいえ、わたしはわかばさんのことを疎ましくは思えない。
なぜなら、わかばさんは——あの頃のわたしだから。
海洋に近づく女の人たち一人ひとりに、嫉妬の炎を燃やしていた、あの頃のわたしだから。
中高一貫の名門男子校に通っていたにもかかわらずどこで知られるのか、海洋は絶えず近づいてきた女の子たちから声をかけられ、隙あらば告白されていた。
海洋が高校生だったときは、近隣の同年代の女子高生からはもちろん、歳上の女子大生からも狙われた。
当時、まだ中学生だったわたしから見た彼女たちは「オトナの女」だった。
わたしはあの頃、一生分の嫉妬をした。
——今のわかばさんは、あの頃のわたしだ。
わたしは、わかばさんを通して、あの頃のわたしに「会って」いた。
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