政略結婚はせつない恋の予感⁉︎

佐倉 蘭

文字の大きさ
上 下
33 / 128
Chapter 5

すっかり悪役令嬢になってます

しおりを挟む
 
 リビングルームには大理石でアール・デコ調に彫られたマントルピースがあって、アール・ヌーヴォー風に蔦があしらわれた金網の奥では薪が赤々とぜっていた。

 その前には、スウェーデンが世界に誇る家具量販店IKEAで毎年購入するというモミの木のクリスマスツリーがあり、色とりどりのオーナメントが飾られている。ちなみに、このモミの木は年が開けるとお店で引き取ってもらえる。

 きっと、ここはパーティなどに使われる部屋であろう。大きな部屋のあちこちに腰掛けられるソファや椅子の類がある。

 マントルピースの近くの一番大きなダークブラウンの革張りのソファに、将吾さんの父親と母親が座っていた。
「クリスマスケーキっていっても、私がイギリスに留学していたから、うちはイギリス風のクリスマスプディングなんだがね」

 わたしたちが彼らの対面のソファに腰を下ろすと、ローテーブルの上にはドーム型の茶色いケーキがあった。

「また今年もかよ。メシを食ったあとにこれを食べるの、かなりヘビーなんだよな」
 将吾さんが顔をしかめる。

「将吾、ケンブリッジ式に火を点けてよ」
 彼も父親と同じケンブリッジ大学のビジネススクールに留学していた。

「フランベするやり方に、ケンブリッジもオックスフォードもねえよ」
 ぼやきながらも、将吾さんはケーキに火を点ける。とたんに、青白い炎が立ち上がり、わたしだけが「わっ!?」と声を上げてしまう。
 どうやら、わたし以外の人は慣れっこのようだ。

 何事もなかったかのように、ハウスキーパーの静枝さんが火が消えたプディングにナイフを入れて切り分けていく。わかばさんが、それぞれの皿に取り分けていく。その間、島村さんが紅茶のカップを乗せたトレイを持って、各人にサーブする。この香りはアールグレイだ。

 クリスマスプディングは日本でいうところの「プリン」とはまったく異なり、むしろドライフルーツをふんだんに使ったパウンドケーキの食感に近い。しかも、フランベでアルコールを飛ばしたとはいえ、ブランデーがたっぷり染み込まされている。なかなか、大人の味だ。

 ところで——先刻さっきから、痛いほどの視線を、ひしひしとを感じるんですけれども。

 その視線の主は、わかばさんだった。

 息を詰めて探るような目でわたしを見るその表情は、困惑と当惑しかない。
 いつの間に、こんなことになってしまったんだろう?と思っているに違いない。

 わたしが将吾さんの前に現れてから、まだ二ヶ月と経っていないというのに、もう婚約者なのだから……

 彼女はずいぶん幼い頃から将吾さんを慕っているのだろう。

 無理もない。大会社の御曹司で高身長にイケメンという、超ハイスペックな人が同じ家にいるのである。おまけに、わたしへの対応とは真逆の「とろける笑顔」付きだ。
 彼はわかばさんには信じられないくらい甘いに違いない。

 ——これでは好きにならずにいられない。

 彼女はかわいらしい子だから、きっと男の子からの誘いもあるだろうけど、将吾さん以外の人は目に入らないと思う。

 紹介されたとき、管理栄養士になるための大学に通っていると言っていた。もしかしたら彼の不規則な生活の中で、健康管理に役立つという思いからの選択だったのかもしれない。

 ——なのに、今、彼女の愛する人の隣には見知らぬ女が座っている。

 もう、わたしがどんな素性の女かは自分の兄から聞いているだろう。
 日本を代表するメガバンクを抱える金融グループの創業家の娘——典型的な政略結婚の相手。
 そして、歳の離れた自分とは違い釣り合った年齢。長身でハーフかクォーターのような華やかな風貌。(自分で言うのもなんだけど……)

 なにより、彼の両親からこの家の嫁として、すでに認められている。

 ——わたしは、彼女が望むものすべてを持っている。

 先刻さっき、将吾さんの部屋に来るはずだったのは、彼女の兄かもしれない。だけど、彼のことが気になって代わりに来てしまった。

 そこで見てしまった。

 彼がわたしがいる部屋で、スーツからラフな服に着替え終えていたのを……
 さらに、彼のくちびるについていた、わたしのあかいルージュを……

 ——なんだか、わたし、すっごくイヤな役回りなんですけど。

 あんなに一途でまっすぐな愛を将吾さんに捧げてる、健気な女の子に憎まれるライバル役なんて。
 これがケータイ小説の世界なら、わたしの方が完全に「悪役令嬢」じゃん。


 とはいえ、わたしはわかばさんのことを疎ましくは思えない。

 なぜなら、わかばさんは——あの頃のわたしだから。
 海洋に近づく女の人たち一人ひとりに、嫉妬の炎を燃やしていた、あの頃のわたしだから。

 中高一貫の名門男子校に通っていたにもかかわらずどこで知られるのか、海洋は絶えず近づいてきた女の子たちから声をかけられ、隙あらば告白されていた。

 海洋が高校生だったときは、近隣の同年代の女子高生からはもちろん、歳上の女子大生からも狙われた。
 当時、まだ中学生だったわたしから見た彼女たちは「オトナの女」だった。

 わたしはあの頃、一生分の嫉妬をした。

 ——今のわかばさんは、あの頃のわたしだ。

 わたしは、わかばさんを通して、あの頃のわたしに「会って」いた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

苺のクリームケーキを食べるあなた

メカ喜楽直人
恋愛
その人は、高い所にある本を取りたくて本棚と格闘しているサリを助けてくれた人。 背が高くて、英雄と称えられる王族医師団の一員で、医療技術を認められて、爵位を得た素晴らしい人。 けれども、サリにだけは冷たい。 苺のクリームケーキが好きな教授と真面目すぎる女学生の恋のお話。 ムカつく偏屈ヒーローにぎりぎりしながら、初恋にゆれるヒロインを見守ってみませんか。

処理中です...