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Chapter 5
彼のお部屋に引っ張り込まれてます ②
しおりを挟むわたしは将吾さんの顔を見上げる。
——そっちこそ、終わったあと、あんなに素っ気なかったじゃない?
わたしはこの雰囲気はヤバいと思ったので、話を逸らすことにした。
「不思議な香りね。ウッディ系なのに、今はバニラの甘い香りがする。どこの香水?」
やっぱり、男の人の部屋に入ったのは無防備だった。会社のプライベートルームとは訳が違った。ここは彼の本当のプライベートな部屋なのだ。
少し、彼の身体から離れようと試みる。
だけど、彼は平然とした顔のまま、
「スウェーデンの『バ◯ード』ってブランドの『ジプシーウォーター』だ。仕事のときはな。プライベートでは『1996』を使ってる。香りがころころ変わっておもしろいんだ。前はシャ◯ルの『エゴイスト』だったけどな」
と教えてくれるが、わたしの背中に回されていた手の片方が腰に回って、ぐいっと彼の方へ引き寄せられてしまう。
「今度は、おれが正月におまえの家に挨拶に行く。そのときにつけていってやるから、どんな香りかわかるさ」
——えっ!? うちに来るの?
思わず目を見開いたら、
「おまえは……『ミス・ディ◯ール』だな」
その声と一緒に、突然、彼のくちびるが降ってきた。
将吾さんのくちびるが、わたしのくちびるを捕らえる。ちゅっ…ちゅっ…と角度を変えて、何度もキスをする。
ボーズのスピーカーから、うっすら歌が聴こえてくる。Jacks◯n5のときのマイケル・ジャ◯ソンの声ではなく、ステ◯ービー・ワンダーの声の♪Someday at Christmasだ。
「……こんなキスじゃ……もの足りないだろ?」
アーモンド型の瞳で、いたずらっ子のように、将吾さんがわたしを見つめる。
「……わたしたちは……政略結婚よ」
——彼がわたしとの結婚の本来の趣旨を思い出しますように……
「そうだったな……」
その直後、彼のくちびるがわたしのくちびるに押しつけられた。間髪入れずに、彼の舌がわたしのくちびるをなぞる。
どうやら、逆に彼を煽ってしまったようだ。
わたしはくすぐったくなって、くちびるを少し開いてしまう。すかさず、彼の舌がするりとわたしの口内に入ってくる。
やっぱり、この人はやると決めたらやるんだな。
——もう、ダメだ。
百戦錬磨のキスの達人に抗ったのが、そもそも無謀な作戦だったのだ。
わたしは彼の首の後ろへ手を伸ばした。
彼はわたしの後頭部を大きな手でがっちりと包み込んだ。
今度のキスは、不可抗力でも、流されたのでもない。
——わたし自身の意思だ。
わたしを夢中にさせるあのキスが始まった。
だれかとキスをしてこんなふうに思ったのは……
——海洋とのキス以来だ。
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