30 / 128
Chapter 5
彼のお部屋に引っ張り込まれてます ①
しおりを挟む「……あーっ、おふくろのヤツ、油断も隙もねえっ!」
レジメンタルタイを緩め、するするっと外した将吾さんが呻いた。
「ほんとはスウェーデンでもアメリカでも二十四日の晩メシが家族とのクリスマスディナーなんだぜ。だけど、おふくろが帰国する飛行機のチケットが取れなくて帰れないって言うから、今日にしてやったのに」
ここは二階にある彼の部屋である。引っ張り込まれたのだ。
……といっても、わたしが彼の興味を引くなんてことはありえないから、二人っきりで彼の部屋にいてもなんの心配もない。
だからこそ、彼はわたしを自分の部屋に連れて来たのだ。今だってあたりまえのように、わたしの目の前で着替えてるし。
わたしは彼から受け取ったスーツとネクタイをハンガーに掛けてクローゼットにしまいながら、先刻教えてもらった彼の幼い頃のエピソードを思い出し、ふふふ…と黒い笑みを浮かべていた。
「な…なんだよ、その笑いは」
将吾さんはビー◯ズのマルチボーダーのニットを頭からかぶった。下はディー◯ルの黒デニムだ。
わたしが要らぬことを聞いたと思って、少し焦ってる。
——グッジョブ、お義母さま。
将吾さんの部屋は、アール・ヌーヴォーの壁紙やヘリンボーンの形に寄木細工されているダークブラウンの床はさすがにクラシカルだが、家具類やファブリックはコン◯ンショップのもので統一されてるそうで、モダンなテイストになっていた。
わたしはコン◯ンブルーのクッションをよけて、オフホワイトのカウチソファに腰かける。なかなか快適な座り心地だ。さすが、コン◯ンショップ。
着替え終えた将吾さんも、わたしの隣に腰を下ろした。そういえば、スーツ姿以外の格好を見るのは初めてだ。
図体はデカいが(態度も)、やや童顔なので、三十歳という年齢よりも若く見えた。
「どうせ、二十四日は遅くまで仕事だったじゃない。……あ、そうだ」
わたしは、ボリードをごそごそして、黄色いリボンのついた細長い箱を取り出し、彼に渡す。
「はい、エンゲージリングのお返し兼クリスマスプレゼント」
「……『兼』?」
将吾さんが眉を顰める。
——自分だって、エンゲージリングとクリスマスプレゼントを兼ねたじゃん。イヤリングの「おまけ」はくれたけれども。
「開けていいか?」
「どうぞ」
将吾さんが黄色いリボンをほどき、ラッピングされていた紙を破いていく。
中から黒いケースがあらわれた。将吾さんが黒のケースをぱかっ、と開ける。
「……パテ◯ク・フィリップ?」
彼は中に入っていた時計を見てつぶやいた。
「いや、違うな。……『グランド・セ◯コー』か」
——そう。わたしが彼にプレゼントしたのは、国産の最高峰の時計だった。
「島村さんに訊いて将吾さんがすでにTPOに合わせた時計を持ってるなと思ったけど、父に相談したらこの時計を勧められたの。年配の人が見ると『こいつ、若いのにちゃんとわかってるな』って思う時計なんだって」
「取引先の会長や社長との会合や会食のときに良さそうだな」
将吾さんがにやりと笑う。
「それから、商用で海外に行ったときには必ずつけるように、って」
将吾さんが、なぜだ?という目になる。
「世界に誇れる自分の国の最高峰のものを堂々と身につけてる人は信用できる、って思われるんだって」
すると、なるほど、という目になった。
「外交先でオ◯ガのスピードマスターを嬉々としてつけてる、どこぞの国の首相に聞かせてやりたいな」
オ◯ガのスピードマスターに罪はないけれど、あんなスポーティな時計をあんな公式な場で身につけるなんて、世界中に恥を曝しまくっているのと同じだ。
「そういえば……定番すぎて逆にホワイトフェイスの黒革ベルトのドレスウォッチは持ってなかったな。……ありがとう」
公式な場で身につける時計は値段ではなく「形」が重要なのだ。
「確かに、グランド・セ◯コーは日本なんかより世界での方がずっと高く評価されてるもんな」
そうだよ、日本人はやっぱり「世界のセ◯コー」だよ。シ◯ズンの「ザ・シ◯ズン」も海外受けが良いらしいけど、そのグランド・セ◯コーは限定品の約千本の中の一本だよ。クロコ革だよ。
——わたしは国産の時計持ってないけどね。
手首につけたカルテ◯エのタンク・フランセーズを見た。手首が細すぎて、タンクの中ではフェイスが小さな正方形のフランセーズしか似合わないのだ。
——男性用のデカい時計をつけてる女の人は重たくないのかな?ク◯ドールだったら華奢なデザインで軽いから、文字盤がダイヤになってるのでも買おうかな?
……不意に、その手首を引っ張られた。
思わず、顔を上げる。
「彩乃、ぼんやりするな。……おれを見ろよ」
そのまま、ぐいっと引き寄せられ、将吾さんの腕の中に入ってしまった。
彼のつける香水はウッディ系の爽やかな香りがミドルノートのはずなのに、今はなぜかバニラのような優しい甘い香りの方を強く感じる。
この香りがラストノートなのだろうか?
「……ったく、見合いのときは完全無視だし、うちの会社に出向してきたときも専属秘書でなくてもいいって言うし、なんだか時々、茂樹のことをぼんやり見てるし」
わたしを抱きしめる腕に、力が込められる。
「おれに興味がないのなら……なんであんなキスをするんだ?」
0
お気に入りに追加
166
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。


愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~
絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる