政略結婚はせつない恋の予感⁉︎

佐倉 蘭

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Chapter 4

聖なる夜に初デートします ⑥

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 銀座のブシ◯ロンに着いた。

 マイバッハから降りて、石造りのモダンな外観のショップ——フランスではメゾンって言うんだっけ?——に二人で入って行く。

 スウェーデンのクォーターの将吾さんと国籍不明な風貌のわたしは、ガタイがデカいのもあって、周囲から注目の的だ。

 すぐに、この前の店員さんがこの前と同じプライベートサロンの中の一つに案内してくれる。
   ダークブラウンの立派な調度品、そしてカーテンとソファセットが深紅に統一されたお部屋だ。


「……先日はどうしても仕事で来られなくて、こいつに寂しい思いをさせてしまってね」

 深紅のソファにゆったり腰かけた将吾さんが、クリスマスということで出されたスパークリングワインを口にしながら、しれっと言う。

 ——はぁ!? どの口が言う!? 『こいつ』ってどいつよっ。

「でも、婚約指輪エンゲージリング結婚指輪マリッジリングも富多さまがお選びになったものになりましたし、朝比奈さまのことをお大事にされているのがよくわかりました」
 対面に座った店員さんが感激したように言う。

 ——はぁ!? 将吾さんはそのとき、アメリカ人と会議の真っ最中だったんですけど?

 やってられないわたしはスパークリングワインをごくっ、と呑んだ。
 ——美味おいしい。シャンパーニュだろうか?シャルドネなどの白葡萄ぶどうだけでつくられたブラン・ド・ブランだったらうれしいな。

「こちらがお待ちいただきました婚約指輪エンゲージリングでございます」
 わたしの前にピヴォワンヌが差し出された。

 やっぱり、頬が緩む。「金色夜叉」でお宮が成金からもらったダイヤモンドに目が眩んで、愛する貫一を裏切った気持ちがわからなくもない。

「彩乃、左手出せ。つけてやる」
 成金——じゃなかった、将吾さんがわたしの指にエンゲージリングをはめてくれた。

「あらかじめ伺っておりましたので、国内外から良い石のものを集めまして、その中でも最高級の品質でございます」
「それは世話をかけたね。……こいつも気に入ってるようでよかったよ」

 将吾さんと店員さんがワケのわからない話をしてるけど、どうせ適当に話を合わせているんだろう。 


 そのあと、結婚指輪マリッジリングのゴドロンを二人でつけてみた。

「将吾さんだったらさ……『キャトル・ブラック』の方が似合うんじゃない?きっとモテるわよ」

「結婚してからモテてどうすんだよ?自分が『キャトル・ラディアント』をつけたいだけじゃないのか?ファッションリングがほしければ、結婚してからでも買ってやるって言っただろ?」

 ——そりゃ、島村さんを通して聞いたけど?

 クリスマスプレゼントをエンゲージリングと兼ねる人だからなぁ。期待はしないでおこう。


 結局、当初のとおりゴドロンになる。

 マリッジの手彫りの刻印は、それぞれのリングに相手の名前を筆記体で、ということになった。スペースの関係で、字数が思ったよりも限られているのが意外だった。

 将吾さんの左手薬指のサイズは五七だった。
「右手よりも細いんだな」と、びっくりしている。
「利き手じゃないからじゃない?わたしも半サイズ細かったわよ。夏と冬でも微妙に変わるしね。夏はキツいけど、冬はユルいとかね」

「……彩乃、耳出せ」
 不意に、将吾さんがわたしの両耳につけてくれた。
「指輪のおまけだ」
 同じピヴォワンヌのイヤリングだった。

「……ありがとう」
 わたしは照れくさくなって俯いた。

 ——なんだか、政略結婚じゃなく、まるでちゃんと愛し合ってる「婚約者」みたいじゃん。

 店員さんが「お包みします」と言ったが、「これから出かけるから、このままで」と将吾さんが断る。

 ——え?どこへ行くの?

「クリスマスの定番のところさ」
 将吾さんがニヤリと笑った。


゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


 マイバッハの後部座席リアシートに乗り込むとすぐに、隣に座る将吾さんがタブレットで仕事を始めた。わたしは邪魔にならないように、流れていく車窓の景色を眺めることにした。

 ——もし、海洋と一緒に指輪を買いに行ってたとしたら?

 もうあるはずのない「IF」が心に浮かんだ。

 ——たぶん、婚約指輪エンゲージリングはピヴォワンヌで同じだろう。

 だけど……結婚指輪マリッジリングの方は、彼はキャトル・ブラック、わたしはキャトル・ラディアントというふうに、それぞれ違ったデザインのものになったに違いない。

 なぜなら、海洋は指輪なんかにまったく興味がないから、きっとわたしの意見がそのまま通るはずだ。
 指輪だけでなく、彼は周囲のものに対しての関心がほとんどないのだ。

 あの頃、海洋が関心を持っていたのは、いかに効率的に解ける数式の解法を見つけるかということと、幼い頃から続けてきた剣道ぐらいだった。
 わたしが夢中になっていろんな話をしても、聞いているかどうかわからなかった。

 ——たぶん、聞いてなかっただろう。

 だから、将吾さんのように、
『毎日つけるものだから、プラチナのシンプルなもので、同じデザインがいい』
『取引先の人は年配者が多いから、一目で「既婚者」だとわかるものが信用を得られて都合が良い』
『ファッションリングがほしければ、結婚してからでも買ってやるから、結婚指輪だけはオーソドックスなものにしろ』

 ……などと、自分の意見を主張することもなかっただろう。

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