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Chapter 4
聖なる夜に初デートします ②
しおりを挟む『だから、明日は地味な色のスーツはダメだぞ』
といっても、わたしのスーツはブル◯クスブラザーズやニュー◯ーカーのような縫製は良いが質実剛健なトラッドなもので、色も黒・紺・茶・グレー系統ばかりだ。
『髪もひっつめるんじゃなくて、下ろせよ』
——えーっ、わたしの髪はちゃんとブローしないと、広がってライオンの鬣のようになるのに。
「……無理よ。とても秘書には見えない姿になるって」
それどころか、普通の会社員にもね。
『じゃあ……おれの部屋で着替えて支度すればいい』
——おれの部屋?
「あ、プライベートルームか。……それなら、着替えを持って行く」
゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜
翌朝、まだ早い時間に副社長室に行って、プライベートルームをノックする。
ドアを開けると、また将吾さんがベッドで寝ていた。昨夜、十一時頃に「終わった」と通話してきたのだから、たぶん「泊まり」かな?とは思っていた。
この前と違って、起きずにぐっすり眠っている。相当疲れているんだろう。
わたしは引いてきたマイクロモノグラムのキャリーバッグをなるべく音を立てないように壁際に置く。機内に持ち込める小型のタイプで、マイクロモノグラムの柄にセミオーダーしたものだ。
無造作にソファに掛けられた衣類をクリーニングに出せるようにして、ローテーブルにあるコンビニ弁当やペットボトルを片付けた。彼の方が悲惨なクリスマスイブだったらしい。
そして、今日身につけてもらうスーツとワイシャツとネクタイを用意して、ソファの上に置いた。
ふと、視線を感じた気がしてベッドの方を見ると、いつの間にか将吾さんが目を覚まして、こちらを見ていた。
「……ごめんなさい。起こしちゃったね」
わたしは微笑んだ。
将吾さんはまだ完全に目覚めていないのだろう。カフェ・オ・レ色の瞳がぼんやりとわたしを見ている。
窓から差し込む朝の光が、ダークブラウンの髪色をカフェ・オ・レ色に染め上げる。彼の本来の髪の色だ。
あどけない表情をした将吾さんが、まるで幼い子どものように見える。
——この人と夜を過ごして朝を迎えた女たちが、この表情を見てきたに違いない。
また、将吾さんは眠りについた。
島村さんが出社してくる時間まで、まだある。せめて、少しでも長く寝かせておいてあげたかった。
弱冠三十歳で、だれもが知る世界的規模の会社の副社長。海外の支社も統括している責任者だ。関連会社を含めると、数え切れないほどの人たちの生活が、人生が、彼の肩にのしかかっている。
彼のたった一つの判断ミスで、その人たちを路頭に迷わせるかもしれない。その肩にかかる重圧はどのくらいのものだろう。
将吾さんはたった一人で、それに立ち向かっている。
——彼の秘書になったからこそ、わかったことだ。
わたしは将吾さんを起こさないように、そぉ…っと部屋の外に出た。
彼がちゃんと目覚めたとき、きっとほしくなる、ちょっと濃いめのコーヒーを淹れるために……
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