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Chapter 3
弟にも政略結婚を心配されてます
しおりを挟む今日は十二月二十三日(祝)
明日のクリスマスイブから明後日のクリスマスにかけて、にわかクリスチャンが増える。
しかも、今年は二十四日が日曜日ときてるから、世間で二十三日からお出かけするんだろうなぁ……
「……あれ?姉貴、なにしてんの?」
八歳下の弟、裕太がデ◯ーゼルのダッフルコートとノー◯フェイスの四角いデイパックを手にしてリビングへ入ってきた。幼稚舎上がりのKO大生だ。
本人曰く、『内部進学でも経済学部への合格はめちゃくちゃ大変だから、おれはがんばって大学に入ったっ!』ということらしいが……
「なにしてるって、フルーツたっぷりのロールケーキ食べて、美味しいお茶飲んで、まったりしてるのよ」
わたしは、大阪に住んでる紗香おばさまから届いたモ◯シェールの堂島アイスロールを食べながら、ル◯シアのルイボスアールグレイを飲んでいたのだが……
——あぁ、極楽。
「姉貴、おれの記憶が確かだったら、ついこの間、婚約してなかったっけ?」
裕太がコートとデイパをわたしの対面のソファに置き、自分もその隣に座った。ノー◯フェイスのデイパには、きっと彼女とのお泊まりセットが入っているはず……
朝比奈一族の男たちは、大学時代にこれでもかっ!というくらい遊ぶ。こいつにもその血が湧き出てきたに違いない。
裕太はわたしによく似ていて、オリーブブラウンのウェーブがかった髪、ヘイゼルの瞳、目鼻立ちのはっきりした顔。そして一八〇センチを超える長身。
黙っていても、向こうから女の子はやってくる。今夜を過ごす相手とも、いつまで続くのか……
「……なぁ、常識的には婚約中の今が、一番幸せな時期だと思うんだけど?」
ソファのアームに肘をかけた裕太から問われる。
「姉貴を見ていると、とてもそうは思えない」
——「弟」という人種は容赦ないなぁ。わたしたちが「政略結婚」だってことを知ってるくせに。
「将吾さんは仕事なのよ」
わたしは一言で片付けた。
——だって、ほんとのことだ。秘書だから、スケジュール把握はバッチリだ。
「イブだぜ?クリスマスだぜ?連休だっていうのに、婚約者のために一日も空けられねえのかよ、そいつ」
なぜか、裕太の方がイラついている。
「おふくろから聞いたけどさ。そいつ、婚約指輪も秘書任せだったらしいじゃん」
将吾さんは裕太からすっかり「そいつ」呼ばわりされている。一応、大学の先輩なんだよ?
「……なぁ、ねえちゃん」
——あら、どうした?昔の呼び方じゃん。大学入ってからは一丁前に「姉貴」呼びだったのに。
「アメリカの海洋さんに連絡しなくていいの?」
——裕太、あんたもか。
「海洋さんがアメリカにいるから、どうしようもないって思ってんだったら、今はス◯イプだってあるし……」
——そう。海洋は今、日本にはいない。
彼はW大学の理工学部を卒業して、彼の祖父が会長で父親が頭取を務めるあさひJPN銀行に入行した。
その後、銀行からマサチューセッツ工科大学に留学して、現在は工科大学院で学んでいる。よくわからないが、システム工学の研究をしているらしい。経済畑ばかりのうちの一族の中では、あいつは異色のバリバリな理系だ。
——わたしは海洋とはもう、八年近く会っていない。
「あんた、最後に会ったとき、小学生だったよね?よく覚えてるわね?」
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裕太はふふんと得意げに披露した。
でも、そのあと声を落としてつぶやいた。
「……それにさ、おれのこと相手してくれたの『海洋にいちゃん』くらいだったんだよ。おれだけ、歳が離れてるからさ」
海洋はずっと通っていた剣道の道場で、子どもたちの面倒をみていたから、大人たちばかりの中で退屈していた裕太を気遣ってくれたんだろう。
「だからって、事情をちょっと聞きかじっただけの子どもが、余計なことに口出すんじゃないの」
わたしは弟を窘めた。しかも、一番嫌いな「子ども」という言葉をわざと使って……
もう、賽は投げられたのだ。後戻りできない道を歩み始めたのは——このわたしだ。
「早く、行きな?……彼女が待ってるよ」
裕太は苦虫を噛み潰したような顔で、コートとデイパを掴んで立ち上がった。
——裕太、ごめんね。
そして……心配してくれて、ありがとう。
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