政略結婚はせつない恋の予感⁉︎

佐倉 蘭

文字の大きさ
上 下
18 / 128
Chapter 3

プライベートルームの鍵を開けます ②

しおりを挟む
 
 なるべく、顔を見られないようにワードローブまで歩く。扉を開けると、チェストがあって、袋に入った新品の下着類が見えた。手早くシャツとボクサーパンツを取り出す。

 ——わたしには弟がいるから、こういうのは平気で照れることはないんだけど……

 早く渡そうと思ってくるりと振り向いたら、将吾さんはいつの間にか背後にいたらしく、ぶつかりそうになった。

「わっ…ご…ごめんなさいっ」

「髪……着物のときとか会社のときとか、ひっつめたとこしか見たことないけど、下ろすとどんな長さだ?」
 将吾さんは、わたしのアップにした髪を大きな手のひらでふわっと撫でた。

「せ、背中くらい」
 ——やっぱり、背が高いな。
 五センチのヒールを履いているから今のわたしは軽く一七〇センチを超えるが、彼の顔を見るには上目遣いになる。

「ふーん、じゃあ、大橋と同じくらいか」

 ——なんか今、いがっ、としたぞ。なぜ、大橋さんが基準?

 彼女の「女の命」な長いキレイな黒髪が、彼女のわたしを挑発するような微笑みが、心をよぎる。知らず識らず、渋い顔になる。

 将吾さんはわたしが手にしていた下着の袋をすっと取って、シャワールームへ入って行った。


 ぼーっとしてはいられない。彼がバスルームから出てくるまでに、片付けなければ……

 小さなごみ箱を持ってきて、ローテーブルの上のものを片していく。そして、ソファに掛けられた衣類をクリーニングへ持っていくために整えた。

 それから、ワードローブにある衣類をチェックする。バー◯リーのカシミア百パーセントのチェスターコートに、マッキ◯トッシュのトレンチのレインコート、そしてオーダーメイドのヒュー◯・ボスのスーツが何着か掛けられてあった。

 ヒュー◯・ボスはナチスの制服だったという黒歴史があるが——制服がかっこいいから、ユーゲントや親衛隊S Sに入った青少年もいたらしいけど——今では海外のエグゼクティブ御用達になっている。だけど、欧米人のような体型でないと似合わない。
 スウェーデンの血が入る、長身で肩幅のある将吾さんは、じゅうぶん着こなしていた。

 補充しなければならない下着類のブランドとサイズを、ポケットから出したスマホにメモしていたら、バスルームから将吾さんが出てきた。

 先刻さっきわたしが渡した、シャツとボクサーパンツしか身につけていない。

「……っ!?」
 わたしは、ぱっ、と目を逸らした。

「彩乃、スーツとシャツを取ってくれ」

 彼はこともなげに——いや、わざとだ。ニヤニヤして、洗った髪をタオルでごしごし拭きながら、近づいてくる。

 わたしはダークネイビーのヒュー◯・ボスのオーダーメイドスーツと白いワイシャツを無言で渡した。

「おっ、Thanks!」
 将吾さんの機嫌はすっかり治っているようだ。口笛でも吹きそうな気配である。

「おー、キレイに片付いたな、Thanks a lot ! あと、適当にタイも選んでくれ」

 わたしは再度ワードローブの扉を開けて、ずらりと並んだネクタイを見て、どれがいいか考えを巡らす。

 ふと、左手が軽くなったなぁ、と思ったら、わたしの手からスマホが消えていた。
 あれ?と、きょろきょろと見回すと、将吾さんが勝手に操作していた。

「なっ、なにをして……」

「L◯NEのIDもメルアドも知らない婚約者なんてありえないだろ?おれのを今……登録し終えたぞ。……で、送信、っと」

   ——えええっ⁉︎


「……金曜日の晩、鯛めしの折詰、悪かったな」
 将吾さんがわたしのスマホを返しながら言う。

「あそこの料理、美味うまかっただろ?」

「とっても、美味おいしかった。ミシュランで修行した人のお店だってね。将吾さん、食べられなくて残念だな、って思って。食生活は不規則そうだし」

 こんな普通の会話、将吾さんとは初めてだな、と思ったら、なんだか照れくさくなってしまって俯いた。
 でも、ふと気がついて顔を上げた。

「……まさか、金曜日からずっと会社で寝泊まりしてるの?身体からだ、大丈夫?」

 将吾さんのカフェ・オ・レ色の瞳が少し見開く。

「金曜も土曜もちゃんと帰ったさ。昨日の日曜は接待ゴルフのコンペだっただろ?終わったあと、月曜の朝イチまでにする仕事を思い出して会社に来て済ませて、疲れたからちょっとだけ仮眠を取るつもりが、がっつり朝まで寝ちまったんだよ」

 将吾さんは片方の口を上げて、ニヤリと笑った。
 わたしは安堵の笑みを浮かべた。

「あ、そうだ。婚約指輪エンゲージリング、ありがとうございます」
 わたしがぺこりと頭を下げてお礼を言うと、将吾さんの片眉が上がった。

「……『ございます』?」

「エンゲージリング……ありがとう」
 すぐさま言い直す。めんどくさい人だ。

「ふーん、気に入ったのがあったらしいな」

 わたしは大きく肯いた。買ってもらったリングのデザインを思い出したら、思わず頬が緩む。

「……おい、彩乃」
 なぜか、また将吾さんのご機嫌が斜め向きだ。

「その顔、茂樹に見せるなよ」

 ——茂樹?

「島村だ」

 将吾さんはわたしが手にしていたライトブルーのドット柄のネクタイをするっ、と取った。

「時々、ぼんやりと見てるよな?」

 ちょっと拗ねた声のように思えたので、彼の顔を覗き込んだら、ふいっと逸らされてしまった。

「そろそろ、島村が出社する時間になる。……先に出ろ」

 もう「副社長」の声だった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...