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Chapter 3
親友に政略結婚を報告します
しおりを挟む翌日の土曜日のお昼、わたしは幼稚園から女子大までずーっと一緒だった親友の石井 華絵と鉄板焼きのお店でランチするために会った。
披露宴で、お互いの会社への忠誠心のバロメーターの板挟みになり、キ◯ンビールを出すか、ア◯ヒビールを出すかで、破談寸前まで揉めに揉めたのは彼女である。今では、三歳の男の子のママだ。
「今日は大翔くんはどうしてるの?」
わたしは彼女の息子のことを尋ねた。彼女の夫が、休日の昼ごはんを不自由しようがどうしようが知ったことではない。
「今日は保育園じゃなく、うちの母に預けてる。もう、大翔、動き回って目が離せないから、すっごくイヤがられるんだけどねー。ダンナは接待ゴルフよ。暖冬だから、十二月でも誘いがあるのよ。せめて、休みの日くらいイクメンになれっつーのっ」
華絵がスパークリングワインを片手に、前菜の三種盛りの中のスモークサーモンのマリネを食べながら、グチとともにため息を吐く。
彼女は学生時代からつき合ってた彼と、社会人になってからわりとすぐに結婚したが、寿退社せずにとっとと子どもを産んだあとは、むしろバリバリ仕事をやっている。
今日はナチュラルメイクの休日仕様だが、実はベースを死ぬほどきっちり作り込んでいるのをわたしは知っている。華絵は学生の頃からメイクが上手だった。
「ジジババからすると、孫が来てくれるのはうれしいんじゃないの?」
三種の盛り合わせの中の生ハムメロンを食べていたわたしは目を丸くする。ちなみにもう一品は、冷酒グラスに入ったそら豆の黄緑色と豆乳の白が二層になったムースだ。
「最近のジジババは、そうじゃないんだよー。うちのママなんて、盆暮れに大貴と実家に泊まったとき『大翔の世話は二日が限度!早く帰って!!』って言うもん」
華絵が苦笑する。大貴とはダンナの名前だ。話し出すと、女子大生だったあの頃の口調に戻る。
「……って、今日はこんなグチを吐き出すために来たんじゃないの!」
華絵がシーザーサラダのレタスをフォークで、ぶすっ、と刺した。
「彩乃、突然『政略結婚』するってどういうこと!?」
わたしは今までの経緯——お見合いに始まって、彼の会社で秘書をするようになり、昨日婚約指輪を買いに行ったことを話した。
「ちょっと、彩乃……あんた、もしかして、一日で婚約指輪決めちゃったの?」
華絵の眉間に一本シワが寄る。
「そんで、ブシ◯ロン見ただけで決めちゃったって?」
華絵の眉間のシワが二本になる。
「しかも、婚約相手の男が来ないで、秘書と選んだだぁ!?」
華絵の眉間のシワが三本に増えた。
「うん、でも、すっごく気に入ったんだよ。今はサイズ直ししてるから、今度見せるね……」
華絵の眉間のシワは無数に増殖した。
「彩乃っ!そんな男と結婚すんのっ、速攻でやめなっ!!」
菩薩のような穏やかな美しい顔が、今や不動明王のような憤怒の表情になっている。
わたしたちの前には、牛フィレ肉のステーキとつけ合わせの焼き野菜が乗った石のプレートが置かれている。数種類の岩塩で食べさせる趣向だ。
鉄板の前のカウンター席で、豪快にフランベされるお肉を見たいなと思っていたが、積もる話があるので、半個室のこのテーブル席にしてよかった。
わたしは赤のグラスワインを呑みながら、しみじみ思った。
「彩乃、婚約指輪は古今東西、女子の永遠の憧れなの。二人でいろんなショップを回って、あーでもない、こーでもないって、時にはケンカもしながら決めてくの」
わたしは華絵の左手薬指を見た。
華絵のエンゲージはカル◯ィエのソリテール1895だ。口は悪いが、見かけは正統派美人の彼女によく似合ってる。重ねづけしているマリッジは1895のハーフエタニティだ。
わたしも早くこういうふうにお出かけのときにつけたいな、と思った。
「……それからね、結婚したらね、二人で話し合わなきゃなんないことがいーっぱい出てくんの。これから、結婚式や新婚旅行の準備などで決めなきゃなんないことがいっぱいあるだろうけど。それは、これからはじまる結婚生活の『予行演習』なんだからね」
そして、ふーっと深くため息を吐く。
「……彩乃、ほんとにいいの?」
——何回、訊かれたであろう。父から、母から、妹のような蓉子から……
そして、今、親友の華絵から……
「いいのよ。もう、決めたんだから」
わたしは、すべての思いを断ち切るかのように、牛フィレ肉のステーキにナイフを入れる。
「……『あいつ』じゃなくても、いいの?」
華絵は上目遣いで探るように訊く。わたしは無言で、切った牛フィレ肉を口に入れる。
「だったら、その秘書さんの方がまだいいかも」
華絵が牛フィレ肉を口に放り込みながら、とんでもないことを言う。
「だって……『海洋』に似てるんでしょ?」
——固有名詞を出すな。
わたしは無言で牛フィレ肉を咀嚼する。
海洋——朝比奈 海洋は……
わたしの再従兄で……
わたしの幼なじみで……
わたしの初恋の相手で……
わたしの——初めてのオトコだった。
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