政略結婚はせつない恋の予感⁉︎

佐倉 蘭

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Chapter 2

イケメン秘書と食事に行きます ②

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 折詰を待っている間、もうご飯もお吸い物もいただいて締めたはずなのだが、最近人気がお祭り騒ぎな山口の純米大吟醸・◯祭を呑むことにした。

 店主が蓮根を南蛮漬け風にしたものを出してくれた。甘酢とピリ辛の最強タッグのこの味なら、しっかり食べたあとでもつまめる。

 ◯祭さんは一口呑んだ島村さんの表情を一瞬で崩し、すかさず「うまいっ」と言わしめた。

 確かに日本酒のことなんてよくわからないわたしでも、辛口なのに呑みやすく、呑みやすいのになんか「深い」味わいがある気にさせた。
 たぶん、素人にもそう思わせるよう計算し尽くされた酒なのだろう。◯祭が杜氏による自然の賜物でないのは有名な話だ。

 場が緩んだ感じがしたので、今まで気になってたことを聞いてみた。

「島村さんはおいくつなんですか?」

「将吾さまより一つ上です」

ということは、わたしより三つ上……三十一歳か。

「島村さんはたいへんじゃないんですか?将吾さん……副社長のお世話」

「……慣れてますからね」
 島村さんはくすっ、と笑った。

「将吾さまは今、社長がだんだん副社長へ仕事をシフトして行ってるので、相当忙しいんです。しかも、取引先で会う相手は年配の難しい方ばかりですからね。信用を得るためにかなり気を遣っているんですよ。……それに加えて、海外支社の総責任者でもあるわけですから、今回のようなトラブルは早く善後策を取って、今後の再発防止策を考えないといけませんし」

 表情はいつの間にか、いつもの無表情に戻っていた。

「でも、これからは私の仕事をあなたにも分担してもらわないといけませんね。『プライベートルーム』にはもう入りましたか?」

 ——あ、業務用マニュアルに書いてあった「プライベートルームの整備」……放りっぱ、だったわ。

「あの……プライベートルームってどこてすか?」
 おずおずと尋ねた。今さら感、バリバリだ……気まずい。

「そういえば、まだカードキーを渡していませんでしたね。失礼しました」

 島村さんはスーツの内ポケットから黒のタイガのカードケースを取り出して、中から一枚のカードを抜いて、カウンターの上に置いた。

「副社長室の執務室の奥に仕事で遅くなったときのために、副社長のプライベートな部屋があるんですよ。簡易なベッドとシャワーと、着替えを置いておくワードローブとチェストがあります。清掃は週一回、将吾さまのお屋敷でハウスキーピングをしている者が参りますので、あなたには着替えの補充やクリーニングの手配をお願いします」

 わたしは、カウンターの上のカードを見た。

「あの部屋は会社内ではありますが、副社長というよりは将吾さまのプライベートな空間です。そういうスペースが必要なほど『副社長』の職は激務ということです。このカードは副社長とあなたしか持っていません。清掃担当は副社長が開けないと入れないことになっています。くれぐれも管理には気をつけてください」

 カードを受け取ったわたしは、心して肯いた。

「あ、それから……今日買っていただいたエンゲージリングのお返しの品を用意したいのですが」
 ——普通は時計とかだよね?

「将吾さんは時計だったら、いくつもお持ちですよね?」

 島村さんによると、普段よく使っているのが、三本あるという。

 ビジネスのときには、海外の支社と連絡を取るのに便利な、世界二十四ヶ国との時差が一目でわかる「ブライ◯リングのトランスオーシャン・クロノグラフ・ユニタイム」。
 クロノグラフだがベゼルがシンプルなので、スポーティさがなくビジネスでも大丈夫なタイプだ。ブラックフェイスとクラシックな網目のシルバーバンドにカスタマイズしたものらしい。

 主にカジュアルなときに使っているという「ウ◯ロのビッグバン・ウニコ・ブラックマジック」。
 フェイスの中の機械がスケルトンになった、斬新でスタイリッシュなデザインだ。こちらもブラックフェイスだそうだ。

 レセプションパーティなど改まった席では、「ジャガー・◯クルトのビッグ・レベルソ」。
 トノー型のフォーマルな時計なのに、フェイス部分がくるっと半回転するのがおもしろい時計だ。こちらはホワイトフェイスの茶革ベルトらしい。

 わたしは唸ってしまった。すでに、TPOでちゃんと使い分けされている。

 ——今さら新しい時計を贈っても、使ってくれなさそうだなぁ。

「あ、将吾さまはロレ◯クスやフランク・◯ュラーのようなものは……」
「お似合いになるとは思いますが、今お手持ちの時計から考えると、お好みじゃありませんよね?」

 ジャガー・◯クルトを選ぶくらいだから、カルテ◯エも眼中にないだろう。

「あの……将吾さんはホワイトフェイスで黒革のベルトって、お持ちですか?」

 島村さんは口元に手をやり、記憶をたどる表情をした。
「……私の知る限り、見たことありませんね。ウ◯ロはブラックベルトですが、ラバーですしね」

 突破口を見いだした気がした。早速、デパートの外商さんに探してもらおう。

 ——そうだ、父親にも相談してみよう。もしかしたら、一本くらい年配者受けの良いものがあってもいいかもしれない。

 そのとき、店主から「折り」があがりましたよ、と声がかかった。


゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜


 わたしたちは、割烹料理屋を出た。
 わたしはタクシーで家に帰り、島村さんはお土産の折詰を持ってマイバッハで会社に戻ることになった。将吾さんがまだ会社にいるためだ。

「こんな顔をして社に戻ったら『副社長』になにを言われるか」

 うっすら赤くなってしまったので、困った島村さんは、手でぱたぱたとあおいだ。どうやら、最後の最後に会った◯祭さんの仕業のようだ。

 わたしはふふっ、と笑った。わたしの頬もほんのり赤いはず。

「将吾さまはこれ、お喜びになると思いますよ?」
 島村さんが折詰を目の前まで持ち上げた。

「こんなに仕事が忙しければ、食生活も不規則になるでしょう?」
 ちょっと照れくさくなって、わたしは目を伏せた。なんとなく「罪滅ぼし」もあって頼んだものだったからだ。

「これからは、あなたが考えてあげてください」

 目を上げると、島村さんが笑っていた。とっても、やさしそうな微笑みだった。

 今日はこの人のいろんな表情が見られたな、と思った。

 けれど、その微笑みはなぜか……

 とっても、哀しげでもあった。
 とっても、切なげでもあった。

 こんなふうにわたしに微笑みかける人を、わたしはほかにも知っている。

 わたしは、また……あいつに「会って」いた。

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