政略結婚はせつない恋の予感⁉︎

佐倉 蘭

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Chapter 2

イケメン秘書と食事に行きます ①

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「まだ会議が終わってないみたいですね。……途中でかなり気が散ったかな?」
 マイバッハに戻ったあと、島村さんがタブレットを見ながらつぶやいた。

「彩乃さま、お腹空いてますよね?」
 そういえば、会社を出てショップへ直行したので、夕飯がまだだった。

「本当は、会議を終えた将吾さまと合流して夕食に行く予定だったのですが」
 島村さんはため息を吐いた。

「将吾さんのところへ戻ってあげてください」
 これ以上、わたしの所用と並行して仕事をしてもらうわけにはいかなかった。

「将吾さまからは気にせずに食いに行け、とあります。……おそらく、かなりイラついているでしょうけど」

 そして、島村さんは運転手さんに行き先を告げた。


゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


 着いた先は、最近カレー屋さんが立ち並ぶ神保町の古書街から一本入った路地にある、カウンターだけの割烹料理屋だった。
 なんでも、ミシュランで星をもらったお店で修行した人が独立して開いたお店らしい。

「いらっしゃい……あれ、島村さん、めずらしいっすねー。……えらく綺麗な……彼女さんですか?」
 店に入ると、三十代半ばくらいの店主から声がかかった。

「将吾さまの婚約者ですよ。私と一緒に専属の秘書をしている方です」

「えっ、富多さん、結婚するんですか?」
 店主が目を丸くして、わたしを見る。

「……政略結婚ですけどね」
 わたしはそう言って、にっこり笑った。

 ——本当のことだ。

「またまたぁ、ご冗談を……おもしろい彼女さんですね」
 店主は島村さんを見て、ニヤッと笑った。

 ——本当のことなのに。

 島村さんもさすがに、はっきりと苦笑している。


 わたしたちはカウンターの奥に並んで座った。

「彩乃さま、生ビールでいいですか?」
 確かにこういう店でノンアルコールなのは、と思ったので、はい、と肯いた。

 島村さんがナマ中を頼むと、若い子がジョッキを二つ持ってきてくれた。

「将吾さんがまだお仕事なのに、なんだか悪いですね」
 そう言いながらも、くーっと呑む。
 ——やっぱ冬でも生ビールは美味おいしいな。

 料理はおまかせで頼んだが、どれも美味しい。さすがはミシュラン星がキラキラ輝くお店で修行しただけある 。

「……ほんとは今日、将吾さんに付いてWeb会議に出ていた方がよかったんじゃないんですか?ブシュ◯ンにいたとき、ひっきりなしに将吾さんから問い合わせが届いてたんじゃありません?」

 わたしは聖護院かぶらを京風に煮て柚子味噌であんかけ風にしたものを、お箸で半分に割りながら尋ねた。そのままの京風味もあっさりしてていいが、柚子味噌と一緒に食べると田楽風に楽しめる。しかも、柚子が香ってくどくない。

「まさか、私があのとき、会社の仕事をしてたなんて思ってるんじゃないでしょうね?」

 真鱈まだらの白子を湯葉で包み揚げにしたものをつまんでいた、島村さんの眉根が寄る。
 わたしも先刻さっき食べたが、湯葉をさくっと噛むと中から白子がとろーっと出てくるのだ。

「違うんですか?」
 わたしが犬のような目で言うと、島村さんは明らかにギョッとした顔になった。

「……島村さん?」

 彼がこんなに感情を表情に乗せるなんて。
 酔ったのだろうか?まだ、ジョッキ一杯も呑んでないよ?

「……将吾さまは苦労するだろうなぁ」

 島村さんが前髪をくしゃっと掻き上げて、ボソッとつぶやいた。
 そして、カウンターに目を落とし、左肘をつけて頬杖をついた。

 その刹那、わたしは「かつてのわたし」に引き戻された。

 その漆黒の前髪のかき上げ方、その目の伏せ方、その頬杖をつくしぐさ……

 別人であることは百も承知だ。面影がある、というだけで顔がそっくりというわけではない。

 なのに——わたしはどこかでまだ「あいつ」を追っている。

 あいつの面影をだれかの中に探しては……
 あいつの気配を感じて……
 あいつに「会って」いる。

 わたしは、ジョッキに残ったビールを一気に呑み干した。


 最後のシメは鯛めしとお吸い物だった。
 鯛めしはここの名物らしい。土鍋の蓋を開けると、蒸しあがった鯛がご飯の上にでーんっと乗っていて、それをほぐして、下のご飯とかき混ぜる。
 お吸い物にも鯛が入っていた。三つ葉が浮かんだおつゆ・・・酢橘すだちを軽く搾る。

「……あの…すいません」
 わたしは店主に声をかけた。彼がカウンターの中で俯いていた頭を上げる。

「わたしの夫になる人が、まだ仕事中なんです。申し訳ないのですが、この鯛めしと、それから余り物でもなんでもいいので、ちょっとしたおかずを折詰にしてもらえませんか?」

 わたしはとびっきりの笑顔を店主に見せて、頼んだ。島村さんが驚きを通り越して、呆けた顔でわたしを見ている。

「いいですよ」
 店主はニコニコと笑って応じてくれた。

「富多さんは、いい奥さんをもらいますね」

 ——そうだろうか?

 ほかの人の影を心に抱きながら、まったく違う人と結婚するのに……?

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