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Chapter 2
イケメン秘書と婚約指輪を選びます ④
しおりを挟むそして、ピヴォワンヌをもう一度つけてみる。
——あ、やっぱりかわいいな。
実は最初に指につけたときから、雰囲気やつけ心地がしっくりきていいなぁ、と思っていた。
だけど、デザインがかわいすぎて、ずーっとはつけられないかもと危惧していた。
きっと、ずーっとつけられるのはマダムなエターナル・グレースの方だろう。でも、なんか「エンゲージリング」っていう初々しさがわたしには感じられなかったのだ。
——ピヴォワンヌが、わたしの婚約指輪になる。
「朝比奈さまはピヴォワンヌが本当にお似合いになりますね。シリーズでイヤリングもあるんですよ」
うれしくて、ライトの光の方へ手をかざした。
思わず、頬が緩んで笑顔になる。先刻のアルカイックスマイルじゃなく、本当の笑顔だった。
その瞬間、それまで忙しく画面をタップしていた島村さんがタブレットを持ち上げて、写真を撮った。
——たぶん、わたしの手しか写ってないよね?
「……そして、こちらがマリッジリングでございます」
——ついでに結婚指輪も決めておけ、ってことね。
結婚指輪は、六本あった。
シンプルな「エピュール」。
エピュールが二重になったような「ゴドロン」。
ダイヤの形をモチーフにした「ファセット」。
パリのヴァンドーム広場の石畳をモチーフにした「クル・ド・パリ」。
ホワイトゴールドとブラックPVD加工の二重になった「キャトル・ブラック」。
そして、ホワイトゴールドとハーフエタニティの二重になった「キャトル・ラディアント」。
ブシ◯ロンの結婚指輪はファッションリングみたいな斬新なデザインだな、と思った。
島村さんがタブレットで全体の写真を撮る。
「……副社……」
と言いかけて、島村さんから圧を感じ、
「しょ…将吾さんなら『キャトル・ブラック』がいいんじゃないですか?あんまり結婚指輪っぽくなくて」
初めて彼の「名前」を発音してみた。
男性の方が似合いそうなこのリングは、やんちゃでセクシーな感じがしたので、将吾さんのイメージにぴったりだ。
——たぶん、このリングをしたら今よりもっとモテるかもしれない。
彼のステイタスとルックスなら、既婚であろうと頓着しない女性たちが寄って来るだろう。
わたしは「キャトル・ラディアント」の方を指につけてみた。
「最近は、同じデザインではないマリッジリングをお求めになる方が増えているんですよ」
島村さんがタブレットでわたしの手を撮る。
「男性の方を試しにつけてごらんになりますか?その方がイメージしやすいと思いますが」
店員さんが島村さんに尋ねた。
「……あ、ちょっと待ってください」
島村さんは、やはり忙しく画面にタップし続けている。
——忙しいのだ。申し訳なさでいたたまれなくなる。
「……すいません、やはり遠慮しておきます」
島村さんがほんの一瞬、苦笑したように見えた。
「将吾さまは一目で結婚指輪とわかるものをお望みです。毎日つけるものだから、プラチナのシンプルなもので、同じデザインがいいとのことです」
意外だった。政略結婚だから、もしかしたらリングもつけないかも、と思っていた。
「取引先の人は年配者が多いから『既婚者』だとわかった方が、信用を得られて都合が良いそうです」
——なるほどね。そういうわけか。
「ファッションリングがほしければ、結婚してからでも買ってやるから、結婚指輪だけはオーソドックスなものにしろ、とおっしゃってます」
——うっ、結婚指輪も先を読まれてたのね。
「まぁ、いいですね!朝比奈さま、本当に愛されていてお幸せですね!」
——だから、どこがよっ!?
わたしは気を取り直して、一番シンプルな「エピュール」を指につける。
島村さんがタブレットで写真を撮る。
——うーん、先刻までゴージャスなエンゲージリングをつけてたからなぁ。なんか、モノ足りない。それに、これだとブシ◯ロンで買う意味ないかも。
今度は、ちょっとやんちゃな感じの「ファセット」「クル・ド・パリ」を順につける。
島村さんがそれぞれを写真に撮る。
——やっぱ、ちょっとファッションリングっぽいかな?
残るは二重になったデザインの「ゴドロン」だ。
——うん、これいいかも。つけ心地が良くて、これならデイリーユーズできるわね。
思わずにこっ、と微笑んだところを、島村さんに撮られた。
——たぶん、手しか写ってないだろうけど……
マリッジリングは「ゴドロン」になった。
プラチナでシンプルで男女とも同じデザインなのは将吾さんのご希望どおり、それでいてデザインが洗練されてるのはわたし好みである。
今流行りのエンゲージとマリッジの重ねづけもしてみた。お出かけやパーティにすごくいい!
それも島村さんは写真に撮ってくれた。
こういう(たぶん)一生に一回モノを一日で決めてしまうのはおかしいかもしれないが、エンゲージもマリッジもすっかり気に入ったので悔いはない。
わたしの方は、サイズが四六と四七の間という微妙なサイズだったのでお直しすることになった。
将吾さんの方は、指のサイズがわからないため(右手の薬指は日本のサイズで十八号らしいが、さすがに左手薬指はサイズを測ったことがないらしい)とりあえずお取り置きということになった。
どうせマリッジは、結婚式の日取りが固まってからでないと刻印——有名な職人さんの手彫りサービスをお願いすることにした——の文字が決められないのだ。
この日、なんだかちょっとだけ……
——あ、わたし結婚するんだな、
って、初めて実感した。
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