13 / 128
Chapter 2
イケメン秘書と婚約指輪を選びます ④
しおりを挟むそして、ピヴォワンヌをもう一度つけてみる。
——あ、やっぱりかわいいな。
実は最初に指につけたときから、雰囲気やつけ心地がしっくりきていいなぁ、と思っていた。
だけど、デザインがかわいすぎて、ずーっとはつけられないかもと危惧していた。
きっと、ずーっとつけられるのはマダムなエターナル・グレースの方だろう。でも、なんか「エンゲージリング」っていう初々しさがわたしには感じられなかったのだ。
——ピヴォワンヌが、わたしの婚約指輪になる。
「朝比奈さまはピヴォワンヌが本当にお似合いになりますね。シリーズでイヤリングもあるんですよ」
うれしくて、ライトの光の方へ手をかざした。
思わず、頬が緩んで笑顔になる。先刻のアルカイックスマイルじゃなく、本当の笑顔だった。
その瞬間、それまで忙しく画面をタップしていた島村さんがタブレットを持ち上げて、写真を撮った。
——たぶん、わたしの手しか写ってないよね?
「……そして、こちらがマリッジリングでございます」
——ついでに結婚指輪も決めておけ、ってことね。
結婚指輪は、六本あった。
シンプルな「エピュール」。
エピュールが二重になったような「ゴドロン」。
ダイヤの形をモチーフにした「ファセット」。
パリのヴァンドーム広場の石畳をモチーフにした「クル・ド・パリ」。
ホワイトゴールドとブラックPVD加工の二重になった「キャトル・ブラック」。
そして、ホワイトゴールドとハーフエタニティの二重になった「キャトル・ラディアント」。
ブシ◯ロンの結婚指輪はファッションリングみたいな斬新なデザインだな、と思った。
島村さんがタブレットで全体の写真を撮る。
「……副社……」
と言いかけて、島村さんから圧を感じ、
「しょ…将吾さんなら『キャトル・ブラック』がいいんじゃないですか?あんまり結婚指輪っぽくなくて」
初めて彼の「名前」を発音してみた。
男性の方が似合いそうなこのリングは、やんちゃでセクシーな感じがしたので、将吾さんのイメージにぴったりだ。
——たぶん、このリングをしたら今よりもっとモテるかもしれない。
彼のステイタスとルックスなら、既婚であろうと頓着しない女性たちが寄って来るだろう。
わたしは「キャトル・ラディアント」の方を指につけてみた。
「最近は、同じデザインではないマリッジリングをお求めになる方が増えているんですよ」
島村さんがタブレットでわたしの手を撮る。
「男性の方を試しにつけてごらんになりますか?その方がイメージしやすいと思いますが」
店員さんが島村さんに尋ねた。
「……あ、ちょっと待ってください」
島村さんは、やはり忙しく画面にタップし続けている。
——忙しいのだ。申し訳なさでいたたまれなくなる。
「……すいません、やはり遠慮しておきます」
島村さんがほんの一瞬、苦笑したように見えた。
「将吾さまは一目で結婚指輪とわかるものをお望みです。毎日つけるものだから、プラチナのシンプルなもので、同じデザインがいいとのことです」
意外だった。政略結婚だから、もしかしたらリングもつけないかも、と思っていた。
「取引先の人は年配者が多いから『既婚者』だとわかった方が、信用を得られて都合が良いそうです」
——なるほどね。そういうわけか。
「ファッションリングがほしければ、結婚してからでも買ってやるから、結婚指輪だけはオーソドックスなものにしろ、とおっしゃってます」
——うっ、結婚指輪も先を読まれてたのね。
「まぁ、いいですね!朝比奈さま、本当に愛されていてお幸せですね!」
——だから、どこがよっ!?
わたしは気を取り直して、一番シンプルな「エピュール」を指につける。
島村さんがタブレットで写真を撮る。
——うーん、先刻までゴージャスなエンゲージリングをつけてたからなぁ。なんか、モノ足りない。それに、これだとブシ◯ロンで買う意味ないかも。
今度は、ちょっとやんちゃな感じの「ファセット」「クル・ド・パリ」を順につける。
島村さんがそれぞれを写真に撮る。
——やっぱ、ちょっとファッションリングっぽいかな?
残るは二重になったデザインの「ゴドロン」だ。
——うん、これいいかも。つけ心地が良くて、これならデイリーユーズできるわね。
思わずにこっ、と微笑んだところを、島村さんに撮られた。
——たぶん、手しか写ってないだろうけど……
マリッジリングは「ゴドロン」になった。
プラチナでシンプルで男女とも同じデザインなのは将吾さんのご希望どおり、それでいてデザインが洗練されてるのはわたし好みである。
今流行りのエンゲージとマリッジの重ねづけもしてみた。お出かけやパーティにすごくいい!
それも島村さんは写真に撮ってくれた。
こういう(たぶん)一生に一回モノを一日で決めてしまうのはおかしいかもしれないが、エンゲージもマリッジもすっかり気に入ったので悔いはない。
わたしの方は、サイズが四六と四七の間という微妙なサイズだったのでお直しすることになった。
将吾さんの方は、指のサイズがわからないため(右手の薬指は日本のサイズで十八号らしいが、さすがに左手薬指はサイズを測ったことがないらしい)とりあえずお取り置きということになった。
どうせマリッジは、結婚式の日取りが固まってからでないと刻印——有名な職人さんの手彫りサービスをお願いすることにした——の文字が決められないのだ。
この日、なんだかちょっとだけ……
——あ、わたし結婚するんだな、
って、初めて実感した。
0
お気に入りに追加
166
あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる