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Chapter 2
イケメン秘書と婚約指輪を選びます ②
しおりを挟む「あの……なぜ、ブシ◯ロンなんですか?」
確かにブシ◯ロンはグランサンクだけど、普通、カル◯ィエとかティ◯ァニーなどの「定番」から見ていくんじゃない?
「どこか、ほしいブランドでもあるんですか?」
相変わらず無表情で島村さんが尋ねた。
「いえ……別に、特にはありませんけど」
すると、島村さんはモダンな石造りの外観のショップの中へすたすたと入って行った。
——あ、そうか。きっと会社関係でご贔屓にしないといけない理由があるんだわ。
会社のレセプションパーティなどのためにホテルを押さえるときに気をつけなければいけない一つに「ビール会社の指定」がある。
その会社がどの系列かによって、出席者に「絶対に出さねばならないビール会社」「絶対に出してはいけないビール会社」が決まる。
それは、社員の結婚披露宴にまで影響を及ぼす。
上司に結婚の報告に行くと、「おお、結婚おめでとう。……ところで、披露宴は絶対◯◯ビールだからな」と釘を刺されるのは「あるある」話だ。
結婚が決まった女子大時代の友達が、自分の会社は東京発祥の財閥系でキ◯ンビール、相手の会社は大阪発祥の財閥系でア◯ヒビールを所望され、揉めに揉めた。その結果、新郎側・新婦側でそれぞれのビール会社を用意することでようやく落ち着いた。
——たぶん、そういうことなんだろう。
表示をみて、地下一階のブライダルサロンに足を向けたら、島村さんは全然違う方向へ向かっていた。
接客に来た店員さんに島村さんが「富多」と「朝比奈」の名前を告げると、すでに予約してあったのか、階上のプライベートサロンに案内された。そこは三階と四階には個室があって、ほかの客に気兼ねすることなくゆったりと吟味できるみたいだ。
その中の一室に通された。座り心地のよさそうなソファセットに、重厚な感じのダークブラウンの調度品、ソファとカーテンの色は同じ深紅に統一されている。
二人で腰を下ろすと同時に、「富多さま、朝比奈さま、この度はおめでとうございます」と店員さんから頭を下げられた。先刻、接客した若い人とは違う、年齢も客への応対も、もっと改まった感じの女性だった。
「……いえ、私は代理で来た者です。この方に合う婚約指輪と結婚指輪を持ってきていただけませんか」
島村さんはまるで商談相手と話すかのように、無機質に言った。
——ま、彼にとっては「仕事」なんだけどね。
「あ、それは失礼いたしました」
店員さんが頭を下げる。
なんだか申し訳なくなって、わたしも会釈した。妙齢の男女が揃って婚約指輪を所望しに来たんだから、間違えても無理はない。
——それに、普通は「代理」なんてありえない。ちゃんと「当事者」たちが訪れるだろうよ。
「準備してまいりますが、失礼ですけど、朝比奈さまの指輪のサイズは何号くらいでいらっしゃいますか?」
「日本のサイズで七号くらいだと思います」
「畏まりました。ご用意してまいりますので、しばらくお待ちください」
そして、店員さんが席を外したのと入れ違いに別の店員さんが紅茶を持ってきてくれた。
ほかにだれもいない「個室」で島村さんと二人きり、というのはなんだか落ち着かない。マイバッハでは運転手さんがいてくれたからよかったものの……
とりあえず紅茶を飲んでいたら、島村さんがココマイスターのブリーフケースからタブレットを取り出して、せわしく画面をタップしだした。
忙しいのに、上司の婚約者なんかのためにこんなところに来なきゃいけないなんて、それでも寸暇を惜しんで仕事しなきゃいけないなんて、サラリーマンの悲哀だ。
——ちゃんと時間外手当、出てるのかな?……あっ、この人「役付き」だっ。管理職だから出ないよっ。
「あの……申し訳ありません。業務外にこんなことまでしていただいて」
副社長にとっては部下かもしれないが、わたしにとっては上司である。わたしは、いたたまれない気持ちでいっぱいになり、思わず声をかけた。
「これは、私のもう一つの仕事に関わることですから、お気になさらなくて結構ですよ」
——『もう一つの仕事』?
「会社の業務外では、副社長のことを『将吾さま』、あなたのことを『彩乃さま』とお呼びしますが、これもお気になさらずに」
島村さんは平然と、なにかワケのわからない、謎なことを言った。
「……はい?」
わたしは聞き返したが、
「そのうち、わかりますよ」
島村さんは答えてくれなかった。
「『彩乃さま』も業務外では将吾さまのことを役職名ではなく、名前で呼んであげてください」
ついでのように言われたこの言葉の方に、衝撃が走った。
「……えっ!?」
目を見開いて、素っ頓狂な顔をしているに違いない。
——向こうは、わたしのこと「あんた」なんだけど。
そのとき、先刻の店員さんが戻ってきた。
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