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Chapter 1
突然の辞令で彼の会社へ出向します ④
しおりを挟む副社長室は立派な造りだった。マホガニーの重厚なデスクや調度品、座ると沈み込みそうになる革張りのソファ、ふかふかの毛足の長い絨毯。
でも、わたしには……あぁ、落ち着かない。
副社長は、そんなわたしなんて気づくことなく、無造作に黒い革張りのソファにどかっ、と座った。
「……そんなに、おれに興味ねえのかよ?」
チャコールグレーのオーダーと思われる身体に沿った細身のスーツを着た副社長は長い脚を組み、ムッとした顔で言う。
「見合いのときもさ、あんた、ちっともおれの方を見なかっただろ?おれがかなりキツいことを言っても、完全無視だったしな」
副社長はソファのアームに片肘をついて、苦笑した。
「なのに、あんた、なんでおれと結婚する気になった?」
副社長は立ったままのわたしを見上げた。
「……必要とされたから」
わたしは正直に答えた。自分を必要としてくれるところなら、どこだって行く。
すると副社長は、おれは必要とした覚えはないけど?という顔をした。
「あなたに、ではなく『会社』に、です」
副社長の顔がまた、ムッとした面持ちに戻る。すこぶる不機嫌そうだ。
「うちのグループにも金融機関はあるが、所詮、サラ金を買収して『ファイナンス』って名前に変えて『信販会社』に格上げしたに過ぎない。あんたんちみたいな、生粋の『銀行』さんのようなブランド力にも社会的信頼にも欠ける」
副社長は自嘲するように言う。
「確かに……うちの会社はあんたのことを、喉から手が出るほど……ほしい」
副社長はそう言って、わたしをまっすぐに見つめた。
「うちのグループだって、銀行の方はグローバル化に伴って国際競争力が試されています。証券の方はやネット証券が台頭しているし、保険の方は医療保険を突破口に外資が攻勢をかけています」
わたしの言葉に、副社長が目を細める。
「世界にのし上がるために自動車産業で培われたあなたたちの国際競争力が、うちのグループにとっての『ライフライン』になるかもしれません」
副社長の片方の口の端が上がり、ニヤリと笑う。
「見た目がやたら派手なだけの、ぼぉーっとしたお嬢さまじゃない、ってことだな」
確かにお見合いのときは、ぼんやりしていたけれど、こんなわたしにも「朝比奈の血」は流れているんです。
——一応、一族直系の総領娘なんですから。
「おれたちは、両グループがウィンウィンな関係になるための橋渡しだ」
副社長は右手を差し出した。
わたしはつられるままに、彼と握手した。
大きくて、意外にも節のしっかりした、がっちりした手だった。
——でも、もしかして、これって。二人の間で、見事に「政略結婚」成立!っていうこと……だよね?
「この先、あんたがおれのなにを見たって……」
不意に、副社長のアーモンドの形をした目が——カフェ・オ・レ色の瞳が——窓からの太陽の光を浴びて、金色にぎらりと輝いた。
「絶対に、婚約破棄させねえからな」
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